きらめき高校吹奏楽部 ~もしきら高に歴代ヒロインがみんな居たら~  決意のビー・ザ・ワン

いきなりステーキうま


こんばんはー、ようやく後半戦スタートっすかね。
なにがどうビー・ザ・ワンなのかはその後半戦で更にわかってもらえるのではないかと思うので、ぼくも伝わるように頑張りたいです。


なのでここからはOPテーマ変わります!(え
ちゃんと「be the one」聞いてからこの小説読むように!(嘘


あと今回の内容は説教臭いので、あまり本気にしないでください。万人に通用する理論というか考え方ではないと思っていて、それを承知で書きましたので、ぼく自身もどうかなぁと思う所はあります。しかし直人君にとっては欲しい処方箋を先輩がチョイスしていると思われますので、ご理解いただけないでしょうか。


でも願わくばまだやり直せる人がこの話を見たなら、直人君同様、頑張ってほしいと思います。吹部であろうと、なかろうと、です。


以下本文
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ずっと怖かった。

誰かを傷つけるかもしれないということ。
自分がみんなにどう思われているのか。
頑張っても結局認めてもらえなかったら意味がないんじゃないか。


いつかまた、あの頃みたいに取り返しのつかない失敗をして、誰かを傷つけて、自分も傷ついて。それが、怖かった。


「俺は……藤崎 詩織に辛く当たって、
 なんとか自分を維持して…そうやって
 小さい頃を過ごして。


 そうして大きくなったから、中学時代には
 仲間に怒鳴ったり、キレたり、
 そんなことばかりしてました…」 


誰か助けてほしい。
誰か認めてほしい。みんな俺を受け入れてほしい。自分も価値があるんだって安心したい、だからみんなの口から言ってほしかった、ここに居ていいんだって。


「部活の雰囲気に染まって、
 それはどんどんエスカレートして…。


 俺は、あの日、
 あのコンクールの日に…!うっ、ううっ……」


でもそんなの意味がないんだって。
今更気付いた。もともと俺には価値なんてない。だからそんな風に誰かが安心させてくれることはない。誰も俺に、価値を与えてはくれない。誉められなきゃいけない、認められなきゃいけない、そう思っていたのに。


――なぜもっと仲間同士で言い合わないんですか!先輩たちより出来の悪いあなたたちが!


――上に行かなきゃ意味がないんですよ!コンクールなんですから!



…先生の教えに毒されていたのもある。
でも先生はそんなことを言いたかったんじゃない。それぐらい必死になれって言いたかっただけなんだって、本当は、わかってる。でも部活の雰囲気はますます暗くなってキツくなって、俺もそれに呑まれていった…。


そのせい…っていうのもある。
でも本当は…俺が、持っていなかったから。いや…持とうとしなかったから…。


――気にしちゃ、だめだよ。



「大切に想ってた人を…傷つけて、
 自殺に追い込んで……」
「……」
「…その時俺は…!

 俺には、生きる価値なんてなくなりました。
 最低の人間になりました」


本当は生きてほしかった。

笑顔をもう一度見たかった。全部終わった後、笑って話せる日が来たら、言おうと思ってた。ありがとうって。それで、本当は…言いたいことが、まだあったのかもしれない。でも、もう俺はあの海の中に、それを追いてきてしまったから。思い出せない。


「人を傷つけて。 
 自分を正当化して、守って。

 それが本当の俺なんです。
 守る価値なんてない、でも自分が大事で
 仕方ない、だから平気で人を傷つける。


 そんな俺に、きら高のみんなは優しくしてくれて。
 
 頑張って、応援してる、すごい、
 期待してる、ありがとう…そうやって、
 みんな……いうんすよ……。


 そんなん俺、言われる人間じゃないのに…!
 みんなを騙してるみたいで、俺は、
 俺は…」
「…それで、みんなに本当の自分を伝えたくて、
 キツい言葉を選んだり、アドリブの全くない
 平坦な演奏をしたりした……。


 ありのままのあなたを、
 みんなに見てもらうために。

 みんなの期待をこれ以上、裏切らないために。
 そうなのね…?」
「……。はい…そうっす…」


途中から涙を滲ませて言った彼に、いたたまれないような、納得したような、困ったような顔をした先輩。

文化祭の後、手紙に滲ませた心配の念に間違いがなかったことを確信しつつも彼女は、言葉をゆっくりと返していく。かつて自分にかけてあげたかったであろう言葉を、思い出しながら。


「…あなたは、最低の人間。
 価値なんて無い…。


 だから、結果的にこうして
 あなたが部活から離れることになれば、
 裏切りたくないと思っていたみんなを、
 これ以上傷つけずに済む…。


 そういう想いも、あるのよね」
「それは……。


 …はい……」
「…。でも、それって本当にそうなのかしら。

 
 あなたには価値が無いから、
 人を傷つけなくちゃ浮かび上がれない、
 居場所が守れない…。

 
 犯した罪も重すぎて、
 もう償いきれない…」
「……。
 もう……。


 はい…」


まだ口に出していない。

――自分が罪を償うほどの何かができる人間じゃない
――できたとしても自分が前に出ることで傷つく人がいる
――だから何もしないまま逃げた自分を責め続けるのが最後の罪滅ぼし


でも先輩は心を覗いたみたいに、後輩の考えているそんな想いを、口にした。その事に戸惑いながらもうなずいた後輩の目を、先輩はまっすぐに見つめる。八重に言われたことを、思い出しながら。


「…あなたが重圧だと感じていた、
 みんなからの期待や優しさ…。
 
 それは、あなたが楽器を上手に吹ける
 というだけで受けたものではないはずよ」
「……」
「あなたがかつて誰かを傷つけたこと…。 
 

 その過ちをもう二度と犯したくないと思ったから、
 他人と生きていくことを望んだから、 
 きらめき高校 吹奏楽部のあなたは、 
 人に優しくしようとした。


 誰かが吹けない時は、寄り添い理解しようとした。
 応援しながら、他人の成長を喜んだ。
 その事を、みんなも温かいと感じていたから、
 あなたもみんなから受け入れてもらえた――」
「――でもそれは…!
 それは、都合の悪いことを見せないよう、
 見られたくないものを隠していただけで…」
「見せたくない、見せないようにしたい、
 そう選んだのはあなた自身のはずよ。

 中学の時に人を傷つけてまで
 やり通そうとしたあなたと、
 きらめき高校 吹奏楽部のあなたは、
 別人なんかじゃない――」
 

またポケットを掴む手。切れた輪ゴムを引っ張っていきなり離したみたいに、ぱっと頭を上げた後輩の顔は、苦悩に満ち、現実を受け入れられないかのように引きつっていた。


そんな彼に、前髪の下のくりっとした目が優しげに、しかしまっすぐ言い聞かせるような強い目が向けられる。


「高見君。自分をよく見せようとすることは、
 自分を偽ることではないわ。
  
 虚勢かもしれない、はったりかもしれない、
 でも願う理想があって、そうなりたいと思って
 確実に努力をすれば、他人の中の自分だけじゃない、 
 自分が認識する自己も、少しずつ変わっていける」
「それは先輩の場合じゃないですか…!

 俺には努力なんてできません」
「いいえ、できるはずよ。
 あなたは努力の仕方を学んできたはずじゃない。

 
 あの渡り廊下で。
 嫌というほど、あなたは努力をしていたわよ」


理想の音を作るという事。それは、まず理想とすべきイメージを知るということ。イヤホンの向こう側に居るプロの音でもいい、口だけではない有言実行の先輩でもいい、そういう人たちの音を覚え、世の中にとってどういう音が、サックスの音でいう「上手い」「綺麗」にあたるのか。それをまず、知る。


そして、そこに至るまでに何が必要なのかを、怒られながら叩き込まれた。

口の筋肉、姿勢、のどの開き、口角鼻腔の使い方、肺活量、ブレスコントロールに必要な腹筋のインナーマッスル、呼吸法、音を飛ばす意識、チューナーに頼らない耳、ハーフタンギングに耐えうる舌の角度、リードとマウスピースの位置関係、マウスピースの咥える深さの度合い、下アゴの突き出し加減、目線…。


枚挙に遑がない。
全部一度に意識するのは不可能だ。だから、意識するのが当たり前になるまでやる。意識しなくとも出来るようになれば、思考が他の領域にも及び始め、新しい要素を取り入れることができるようになる。それを根気よく何年も毎日毎日繰り返した結果、高見 直人の音は様々な工夫を取り入れた音になり、目の前の先輩にも褒められるまでになった。


「現に、あなたは努力していた。
 
 …あなたは違うって言うかもしれないけど、
 ちょっとチャラいけど優しくて、
 頑張るのはダルいなんて言いながらも
 人一倍頑張るあなたを、みんなアテにしていたし、
 感心してた。


 時にはサラッとありえないようなことも
 現実にしてしまう、まるで魔法使いのような
 あなた…。

 
 その姿を、あなたが中学生の頃に
 想像できた?」
「……」
「自分を押し隠して、苦悩して、
 無理をして。あれは本来の自分じゃないって、
 あなたは言うかもしれない。


 でも、ああやって振る舞うことを選んだのは、
 紛れもないあなたなのよ。

 
 小さな現実を重ねることでしか成しえないかもしれない。 
 でも、人は変われる。
 あなたは、3日後にどこで何をしてるか、
 想像できる?」
「……それは…」
「なんとなくはできるけど、難しいわよね。

 だったら、想像してみたらいいんじゃないかしら。


 あなたが、居たいと思う場所を。
 そして、そこに居るために何をしたらいいか。
 わかったら、3日後。そこで頑張るあなたが、
 居てもいいんじゃないかしら」
「…価値なんてない、自分が。っすか」  


…結局、そうやって頑張ろうとしても。
自分もみんなも、傷つくだけじゃないか。


価値がないから。
誰かのプラスになれないから。


気にしちゃだめ。そう言われても、頭から離れなかった。先輩たちに毎日浴びせられた、無価値どころかマイナスの宣告が。



「…あなたは今まで、人に良く見られたい、 
 失敗をしたくない、そんな風に思って
 魔法使いで居たのかもしれない。


 音楽は吹くだけじゃない、聞いてもらうものでも
 あるから。
 特に名門でコンクールを勝ち抜くことばかり
 重視している学校に身を置いていたから、
 もしかしたらあなたは、他人本位なのかもしれない」
「……」
「親や先生や先輩に怒られないようにしてきた。
 コンクールで審査員にAをつけてもらえるよう
 頑張ってきた。


 だから、人から良いと言われなきゃ納得できない、
 人に迷惑にされたくない、
 他人に評価されてはじめて、自分の価値を
 決める、ということ。


 でも本当は。
 あなたが思うあなた自身の価値は、
 他人にどうこう言われてもゆるぎないはずなのよ」

 
――君は、人に褒められなければ自分が維持できないの?


響野に言われたことを思い出して、ぎくりとした。

褒められたいと思って何が悪い、褒められたがるのなんて当たり前だ、ともあの時は思った。しかし言う通りだった。自分では、自分の価値なんてよくわからない。


結局、言われたかっただけなのか。


――すごいね、詩織ちゃんより上手にできたね!

――うん、Ok、できてるできてる。じゃあ次――。


認められたかった。自分の価値が欲しかった。
だからきらめき高校でみんなに褒められて、認められて、嬉しかったのか。



「毎日先輩や先生に怒られて。
 居なくなればいい、吹けないならカットだ、
 そう言われ続けて。


 そう言われたあなたを、きらめき高校のみんなは
 必要としてくれていた。…違う?」
「……。はい…」
「…。そうよね。
 
 他人に良いと言われたら良い、
 悪いと言われたら悪い、
 そんな風にあなたの価値は決まらないわ。

 
 明日には無理でも、1週間後、1か月後には、 
 もっと大きな自分になっているかもしれない。
 できなかったことがひとつ、ふたつ、
 減っているかもしれない。

 
 吹奏楽部で頑張ってきたあなたなら、
 いつか乗る舞台に理想の自分を持ちこむために、
 頑張ることができるはずよ」


ちらっと校庭の樹を意識した気がする先輩の流し目が、微笑に揺れる。

でもそれでも、価値があるんだとしても、自分には数え切れない罪がある。精算しきれない罪がある。


「そうだとしても……。

 俺が頑張ることを…許してもらえるはずがない…」
「……。
 私も、そう思ってた。

 生徒会長を降りようと思ったのも、
 表舞台に立つことが許されないと思ったから。

 
 でも…文化祭でひと段落つけることができて、
 ようやくわかった気がする…。


 確かに人の心の傷は、歳をとらないわ。
 でも人は変わっていく。
 
 あなたが追い込んだ人がどう思っているのか…
 それは、会ったこともないし、断言はできない。


 でも、あなたが日なたの道から居なくなることだけが、
 その人への罪滅ぼしだなんて、私は思わない。


 その人が吹奏楽部に残したままの未練、
 ずっと頑張ってきたのに裏切られ、傷つけられた想い…。


 そうしたものを無駄にしない何かを
 あなたがもう一度舞台に立って見つけられたなら、
 それは、あなたが吹奏楽という舞台を降りるとき、
 握りしめられる価値観になる。

 
 そして…その人が傷と寄り添いながら生きる上で、
 大きな希望になる」
「そんなこと、俺には……。

 俺には…できないっすよ……」
「できる。
 あなたはもう、誰かの希望になったことがあるんだから」
「そんなのいつどこで…――!」
「――私の。

 あの時の、私の希望だったんだから。
 あなたが居てくれたから、私は今、ここに居るんだから」


先輩の目が潤んでいるのか、自分の目が潤んでいるのか、もうわからない。じわじわと歪む視界にまばたきで抵抗しながら、直人は首を横に振る。


「…私だけじゃない。
 留学生の子にも、陽ノ下さんにも。
 …八重さんにも。あなたは、誰かにとって希望だった。


 後は、あなたが見つけなきゃ。
 あなたを許したり、救ったりできるのは…
 あなた自身だけなのよ。


 吹奏楽という舞台を降りた時、何年も経って…
 感じると思うの。

 楽譜を読めることより、楽器がうまく吹けることより、
 有名な作曲家の名前を覚えることより、
 音程の高い低いがわかることより、ずっと大事なことを
 持って、自分は舞台を降りたんだって。


 舞台に乗るということは、そういうことでしょう?」
「……。

 誰かと、一緒に居ること」
「…。ちゃんと、わかっているじゃない」
「……」


…辛いこと、悲しいこと、苦しいこと。
そんなことばっかりだ。吹奏楽なんて。


でも、たまにすげぇ楽しいこと…なんか、あって。


誰かと和音が合った時かな。合ったって感触は、なんか俺だけじゃなくて、みんなもなんかわかってくれてて。あいつともそうやって、「今のはいけた」って確認できた時、なんか…すげぇ、嬉しくて、泣きそうになって。


本当はケンカなんかしたくなくて。
クリスマスのあの日みたいに、笑ってほしくて。


「……」

気が付いたら。ボロボロ泣いてるし、俺。
先輩の前なのに。


…きら高のみんなにも俺、いっつも楽しい時間、もらってて。せめて頑張んなきゃって思ってて、なのに、楽器ふつうに吹くくらいしかできない俺を、みんながすげぇって言ってくれて。もう、なんか、夢でも見てんのかってくらい、楽しくて…。


…一緒に居ていいのかもしれない。
楽しいって思って、いいのかもしれない。いや、楽しいって、思いたい……。そう思わせてくれたのが、みんなだから。


そこに連れてってくれた詩織にも、本当は…めっちゃ感謝してて。でも言えなくて…。


「…俺の価値……」


それが何かわかんないけど…。

でも、もしも。吹部としての俺に価値があるのなら。もしかしたら、本当の俺にも…価値はあるのかもしれない。だって、ふたつの俺は…どちらも、俺なんだから。別人なんかじゃないんだから。


その価値がもしもわかったなら…俺は、誰かと一緒に居ても、いいのかもしれない。罪を償えるのかもしれない。明るい道の上にあいつを誘って、ありがとうを言えるのかもしれない。


まだわからない。そんな大きな価値が俺にあるのかどうか。
でも…そうなりたいって思う理想の未来が、俺の中には、あって。


……あいつが、笑ってくれること。
だって、あいつが居てくれたから俺は生きてる。あいつにはれっきとした価値がある。死ぬのを悩むような人じゃない、そのことをちゃんと伝えたい。…それだけは、思うから。


…いや。それだけか…?



「…俺は……。

 定演まで1か月しかないのに…。
 出来る事が、あるんですかね…」
「1か月あるじゃない。
 私と同じよ。

 あの時、3年生は私しか部に居なかった。
 あなたや八重さんが支えてくれなければ、
 くじけていたかもしれない。  


 でもあなたは、頼れる仲間が何人も居るじゃない。
 その人たちに顔向けできないほどの
 罪があるとしたら、尚更…この一か月、
 頑張れるんじゃないかしら。

 
 …二度とは来ない、高校1年生の時の
 定期演奏会よ。

 
 他の人には、あなたの演奏を良くすることなんて
 出来ない。
 あなたの音は、あなたの息でしか、出しえないのよ」


それが、れっきとした価値。
それは直人にもわかっている。ただ、その価値は、吹奏楽部の外でも通用するのか…それは、不安でしかない。


「俺は……自分が嫌いです」
「きっと、好きになれるわ。
 みんなが愛してくれたんだから。

 あなたが、みんなを愛してるんだから」
「…。好きになるための努力、
 まだしたこと、なくて」
「じゃあ、頑張れる余地があるじゃない。

 自分をいたわり、大事にすること。
 それは、どんなに他人に心配されても、
 自分にしかできないことなんだから」


――どうしてもっと自分を大事にしてあげないの…!?


…そんな価値がないから。そう思ってた。いや、今も…。


でも……本当はこんな結末、望んでなんかいない。



――まだ直人君は、吹奏楽部の一員なのよ!


…もしも、まだ……俺が、吹部なんだとしたら。

吹部で居ていいんだとしたら。俺に無いと思ってる価値が、あそこにあるなら。…取りに行きたいと思ってる俺が、本当はここに居て。


――頑張りなさいよ…取り返しなさいよ…!


…その俺が、ここに居ていいのかもしれなくて。

散々…やらかした俺には、取り返さなきゃいけない罪も宿題も…あそこにあるから。


「俺は――」


――自分で決めなきゃ。

――…だって、ね。直人君。
 
私たちは…そうやってでも何とか生きていかなくちゃ。…自分を、許せないでしょう


…うん。俺は――


「…みんなに、謝ってきます。


 練習休んで、ごめんって」


……約束を、まだ…諦めたくない。


「…ええ。

 ……後悔の無いように、ね?」
「…はい!」



椅子を引いて、立って、一礼して。

「ありがとうございました」


彼は生徒会室書庫を出ると、走ってはいけない廊下を思い切り走っていった。いつか膝をすりむいてでも長距離走を完走した時みたいに。


…酷かもしれない。
でも…きっと、あなたにも。後悔の無い結末が待っていることを、祈ってる。


その後ろ姿を見て、皐月は切にそう願った。
また彼が、あの狭い渡り廊下から、奇跡を起こすことを、脳裏に思い描いて。


ただ、その奇跡は、未だ程遠すぎて、全体像が見えてこない。
どうなることが救いか、何を理想とすべきなのか。


けれど本人には、消えない罪悪感や無力感に反して、急ぐ足を止められそうもなかった。


…謝らなきゃいけない人がいっぱいいる。
やらなきゃいけないことがいっぱいある。先輩も、こういう気持ちだったのかな、9月ごろ…。



しかし、音楽室を前にすると、足も手も止まる。
扉に手がかからない。引き返した方がいいんじゃないかと弱気も足も言っている。


…気にしちゃダメだ。俺が、自分で決めなきゃ…。


ゆっくり、ゆっくりと扉を開ける。

皆音出しに行ったのか、それだけ部員が減ったのか、わからない。だが、音楽室は無人だった。


合奏体形に並べられた椅子の数が、やけに少ない。
その事が、現状の艱難辛苦を物語っているし、やってしまったことの重みを思い起こさせる。


なのに。
自分の席の所に、椅子が出されていた。


誰かが自分を待っている。
まだ必要としてくれている。その事に胸がぎくりとして、罪悪感が急速に押し寄せてくる。


「高見君!」


はっとした。開けたままにしていた入り口の扉に立って、名前を呼んでいるのは、生徒会書記のあの元気な子。驚いた顔が、ポスターのあの優し気で明るい笑顔にぱっと変わっていく。


「やっと来たー!」

とったったっ、駆けてくるその子を見て、直人は「あ…」と声を漏らす。


「あ、全然、謝らなくっても…」
「い、いや。楽器持って走ったら…」
「え。

 ……ぷっ、あははは!
 もう、ほんとにミスター吹部だなぁ、君って」


釣られて笑いそうになるが、顔が引きつっただけ。
やっぱり、自分がまだ笑ってはいけないと、心の底で何かが言っている。


「あっ、あのね…。

 部活、戻ってきてくれたんだよね?」
「……。
 
 今更、俺に出来ることなんてないかもしれない。


 でも…もう俺がソロを吹くとか吹かないとか、
 そんなこと関係なく、やれることがあるなら…
 責任とれることがあるなら、やんなきゃって…。


 …逃げたままの方が、ここに居るより、
 ずっと辛いって…なんとなく、わかったから…」
「うん、うん…」


たどたどしく自分の思いを口にするのを、彼女は頷きながら聞いてくれた。いつもこの人は誰の話でもちゃんと聞いている。生徒会に入れたのも元気さだけではないのだろう、こういう所が友人知人に評価されているから、票を得たに違いない。


「高見君がいつも前に立ってソロを吹いて、
 プレッシャーを感じてるんだってこと…みんなも
 わかってくれてた。
 

 だから、きっとみんなも、最初はぎこちない
 かもしれないけど、おかえりって言ってくれると思う!


 あっ、それでね。
 あの時高見君、自分の楽器を返しに
 いったでしょ?」
「あ…ああ、うん…」
「それが実は……」


言うと、クラリネットを自分の席に置き、またとったったっ、と駆けて準備室の方へ行ったかと思うと、


「じゃーん!」


…心臓が止まるかと思った。


毎日学校まで背負って持ってきていた、あの楽器ケースが、星川の背中にしがみついている。


「な、なんで」
「あの時、返すっていってピーンと来て。
 あのおじさんのとこだろうなーって」
「あっ」


そういえば、星川を連れて楽器屋のおっちゃんに会いにいったことがあった。彼女はあの楽器の出自を、ちゃんと知っていたのである。彼の話を、しっかり聞いて覚えておくことで。


「それで頼んで、返してもらったんだけど、
 そしたらなんか手入れまでしてくれちゃって。

 
 おじさん言ってたよ?
 「言うといたって。
  あんまりケース持って走ったらアカンで!」
 って!なんか、なんとか板?がズレてたみたい」
「……。

 もう、俺……なんて言ったらいいか…」
「あ、ごめんはもうナシだよ!
 
 えへへ。ありがとうの方が、ずっと嬉しいよ」



彼女から楽器ケースを受け取る。
それからすぐ、ケースを寝かせて中身を取り出してみる。


磨いてから寝る、なんていうこともよくしていたせいか。
あるいはおっちゃんか、はたまた光や語堂が磨いてくれたのか、久しぶりに見た楽器は、金にも銀にも白金にも輝いて、持ち主の涙を映し輝いていた。


首にかけたストラップを楽器に繋ぎ、立ち上がる。


「…やっぱり、よく似合うわ。
 その楽器が」
「あっ、先輩!」


廊下を走らず、音楽室まで遅れてやってきた皐月先輩。
彼女は星川とその横のサックス吹きに微笑みかけると、歩み寄り、言った。


「高見君。

 今はもう、きらめき高校にはサックスの音も
 聞こえない。1年前の今頃に近付いている、
 最悪の状況かもしれない」
「……」
「でも、パンドラの函にも1粒の希望が
 残されていたように。あなたにも、まだ多くの可能性が
 残されているわ。

 
 あなたを救えるのは、あなただけ。
 後悔の無いように。高見君」
「……はい」


窓から差し込む太陽光が、窓ガラスで屈折して、高見 直人の後ろに二つの影を浮かび上がらせた。


舞台に立つと決めたら、その過程の時点から、戦いは始まっている。それを、彼は経験からよくわかっていた。


目を瞑る。

イメージの中の自分の世界は、ボロボロだ。

きらめき高校の屋上に立った自分から見えているのは、この学校と、よく見知った街並み。向こうの方には伝説の樹がやけにおおきく見えていて、あの日の海に少し浸かっている。空は乾燥した大地のようにひび割れて、部分部分、はがれ落ちてきている。


でも。手には相棒が握られている。


…俺を救えるのは、俺しかいない。
俺が、俺にとって…最後の希望だ。



まだ恐怖は消えない。
罪悪感も、劣等感も、無力感も。でも、そんな自分でも、ここに立っていられる。見えているこの光景を救えるのは、自分しか居ない、そうわかっている。




…カーテンコールには、いつか、あいつも。


俺も……。




多分、つづく




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