きらめき高校吹奏楽部 ~もしきら高に歴代ヒロインがみんな居たら~  ウィザードリィ・リザレクション

すれ違いと少しの同調が片桐さんのおいしさと切なさ()


こんちは。ちゃんと過去の話をキュレーションしながら書きましたw

いつもみたいにすべてを引用していないので、ぼくor今まで読んでくださっている方にはわかりみなお話になってると思います。相変わらずの一見さんお断りパターンで申し訳ないです…w


DCL16に込めようとしているテーマの幾つかをこの話に盛り込んだので、文字数もえらい多くなってしまいました。オーディションとの差、DCL16以前の直人君との差を今回の合奏で感じていただければ幸いです。


定期演奏会という交差点を前にして、登場人物の色んなことがシンパシーしていると思います。罪悪感、他人への恐怖、自己嫌悪、期待と希望…でも実はそれだけではなく、メタ的なところも少しずつ共通点を持ち始めています。


定期演奏会に向けて努力すること、そこに直人君が自分を好きになるための努力や、他人と共生するための努力を重ねていますが、何か、聞いたことのある話だと思いませんか?目標に向かって頑張ること、誰かとの居場所を守るために頑張ること、すなわちそれはときメモ本編のそれと同じっつーことですね。


今は誰かと一生一緒に居るなんて、そんな相手を不幸にするばかりの選択は取れない、と思っている直人君ですが、そもそもそのための努力なんて、彼にはよくわかっていません。人を傷つけること、自分の居場所を守ることはこれまでしてきましたが、部活ばかりしてきた彼には、ちゃんとしたアプローチがいまいちよくわからないのです。


そんな彼の新たな第一歩が、この定期演奏会となるかどうか。
いや、もっとフォーカスすれば、この合奏となるのかどうか。


彼にはどのような宝島が見えているのか、っつー感じですね。

以下本文
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「…ごめんなさい」
「……。why,どうして謝るの」
「私が書いた曲が、オーディションという事態を招いて、 
 彼やあなたに迷惑をかけたから…」
「…遅かれ早かれ、こうなっていたわよ」


今頃、出席を取る音楽室では、自分の名前が挙げられているだろう。片桐さんが居ません、と。そのことに罪悪感を覚えはする、しかし、行きたくない。


――なぜなら。


「私は、彼に自信を持ってほしかったの」
「…確かにあの人は、自分を過小評価しているとも思う。
 でも、自分が頼りにされていることも、知っていたはず」
「…そうよ。
 でも、あなたは知らないから。
 
 そうやって彼に平気で期待を寄せられるのよ」
「…何を?」
「あの人がいつも舞台に立つのに、
 どれだけ苦しんでいるか。悩んでいるかを」


…全校集会の時もそう。
コンクールの時も、アンコンの時も、今も…いつも彼は、苦しい顔をしてた。音は平静を装っていたけど、それは何とか、みんなの期待に応えたいから。本当の彼は、不安といつも戦っていた。それは、私もわかってた。


but,なのに、私は期待した。
彼にいらない負担をかけなければ、こんなことにもならなかったのかもしれない。あの人の言う通り、私がおとなしくソロを吹いていれば、こんなことにはならなかったのよ。


…でも私はそれが悲しかった。
あなたが誰かに褒められても、それでも前を向いてくれない事、上を向いて歩いてくれないこと。俺なんて、テナーやバリトンで、代わりがいくらでも居るようなラインを補強してるのがお似合い。そんな風に、でも卑下じゃなくて本心でそういうことを言うのが、私には、嫌で、嫌で、嫌で、仕方なかったのよ…!


……だから私は最低よ。
自分の勝手な理想を押し付けて、あの人を傷つけて、壊して。
こんな自分なんてあの人の隣に居る資格なんてない。いない方がいい。そうよ、もうあの人とデュエットなんて、二度と……!


「作曲家だか何だか知らない…!
 でも、自分の勝手な理想を、あの人に押し付けないで」


激情が涙になって、胸の中、ノドの奥、そして目元まですべて、自分を満たしているような気持ち悪い熱さ。それと共に言葉を吐き出した。殆ど言葉を交わした事の無い同級生に。自己嫌悪を人に向けて、また自己嫌悪が跳ね返る。人を傷つけたら、自分が傷つく。それはわかっているのに、あの人にそうしたことで、わかっているのに。


響野はそれを、何ということのない冷たい目線を向けて見ていた。


「…それが、作曲者だから」


理想を、空想を、形にするのが作曲家。
それを組み立てるのが指揮者と奏者。役割のままに動いて何が悪いのか。


以前の響野なら、そういう意味合いで返した言葉だったろう。
しかし、今は違う。探し続けていた答えを目前にしている彼女には、短い言葉の中に、申し訳なさや、哀しさを、詰めても詰めても足りないくらいだと思えるから、もう言葉は尽くさないのだ。


…あの音楽室に居る人たちのように、作曲家の与える難題に頑張って取り組む人たちも居る。中には、ただひとつの楽譜のせいで、自分を壊してしまう人も居る…でも、私たちは託すことを止められない。…だって、私ひとりでは…私の考えるものは、音にできないから、現実にならないから。


夢や目標があって、そこに届かない自分があって、でも、届くかもしれないって思う楽しさ…ううん、違う、喜び…これも違う……。


……希望、かな。
もしかしたら、奏者は。希望そのものなのかもしれない。


「…連続的に続いていく現実という時間、
 それが紡いでいく先に未来があって、
 なら、人が未来を可視化するためにあるのが
 楽譜だと言ってもいい、ううん、そう思いたい…」
「What…?な、何を言ってるの…?」
「…あなたもわかっているはず。

 あの人は期待されるばかりのプレイヤーじゃない。
 …あの人自身も、心のどこかで自分の成功を、
 未来を願ってるって」
「…彼、自身が?」  
 

…もう嫌だ、無理だ、やりたくない。


かつて彼がそう叫んだ音楽室で、これから演奏される音。それがどういうものなのか、それを聞けば、この2人ともなればわかるはずだ。彼が今、どこを見ているか。何を見ているか。沈む太陽が、何に見えているのかが。























軽く部活はじめに基礎合奏があり、それから、直人の要請で行われる「宝島」の合奏が行われる。


先生が「宝島」を今から通すことを指示すると、同時に直人へも提案が飛んだ。


「一応、前に出て。
 リハーサルには、あまりにも早いけど」


せっかく一回きり、通すのだからとそう言った華澄に、直人は素直に応じた。

合奏体形の中、席を立つと、視線を感じた。
いや、視線自体はいくつも感じる。今や彼は、この部活にとって異物なのだから。


だが特に感じられた視線に、直人は言葉で応じた。


「…光」
「……うん」


いつもこの娘の笑顔に元気を貰っていた。陽ノ下という苗字はまさに彼女にうってつけで、この人の横に居れば、自分も明るく居られたような気がする。


だがそんな太陽も自分が穢してしまった。
光に何を言うつもりかと刺さるような視線をくれる隣の語堂も、自分をミックスアップしてくれる片桐も、今はどこか遠い人になってしまったと思う。


…これが俺にふさわしい場所なのかもしれない。
居るだけで誰かを傷つける、そして俺も傷つく、その繰り返しで俺の居場所はなくなっていく。そうして俺が浮かび上がらないことが、辞めさせた後輩や、和泉に対しての贖罪になる…。


……でも本当にそれでいいのか…?
自分を大事にする資格なんて、俺には無いのかもしれない。でも…。


「…俺、いままで…。

 いままで、出来ればお手本になりたいっていうか、
 光にも上手になってほしくて、頑張ってきた
 つもりだった。…語堂さんにも」
「……」
「うん…」
「…。

 でも俺、今日は。ってか、この曲は。

 そんな風には吹かないから」 


言うと、譜面台も楽譜も持たずに、席と席の間を、楽器を守りながらすり抜けていくテナー吹き。すがるような目を背中で跳ね返しながら、彼は前に立つと、穴あきだらけの楽団を見やった。


みんな、見知った顔。話した事のある人。
ここに立つことが、あまりにも申し訳なくて、緊張と締め付けるような罪悪感で胸がいっぱいになる。足がすくんだような気持ち悪さが、腿を痙攣させてくる。


「高見君」


立っていられないような心労にため息をついて目を瞑った時、涼し気な声が聞こえた。パイプ椅子を出して座っている、OBの先輩の声だった。目を開けてそちらを見やると、いつも通り、イメージ通りの柔らかい笑顔の先輩が軽く手を挙げていた。


「聞いているから。
 気付きがあれば後で伝えるわ」
「はい。
 
 …ありがとうございます」
「いつも通り、ね?」


あざす、の礼とも、うっす、の気合の返事ともとれる声を発して、制服の胸辺りを掴むソリスト。


…迷いばっかりだ。
気持ちの整理なんて全然…。でも、決めなきゃいけない。そう、いつも通り……。


息を吸って、吐いて。
落ち着かない様子の彼に、顧問の助け船が入る。


「…だいじょうぶ?
 
 いつもの、やる?」


そう言って叩くようなジェスチャーを見せてくれるお姉さん。でも、直人はそれを拒んだ。


「いや。

 とっとく。もっと大事な時に」


…それは、片桐さんがここに居る時だ。



そう、その時はもっと苦しいのだ。裏切り傷つけた、その罪悪感が今以上に襲い掛かる時なのだから。


マウスピースのキャップを外す前にもう一度この部を一望するが、視線が定まらない。目を合わせたくない人ばかりだから。下を向いたままのホルン1st、相変わらず砕けた服装の生徒会長の足に巻かれた包帯…そうしたものを視界の端で確認しながら、逃げるように視線を逸らした先、唯一普通に話してくれる幼馴染が、心配そうな顔を向けてくれていた。


「…居るみたいよ」


渡り廊下を白い指で指してそう言った詩織に、直人は目を合わせてなんとかうんうんと早く頷いた。片桐のことか、それとも響野のことか。今はもう余裕がなくて、確認できそうもなかった。


キャップを外し、B♭、F、チューニングを確かめる。皐月はその時点で、「彼のマウスピースが違う」と勘付いたようだ。


…よし、まあ……。


音が少し乾いているのが気になるが、許容範囲かと思った時、視界の隅でホルンの3rdが立って、ストーブを消そうとしているのが見えた。だから、


「あ、いや、佐倉さん」
「えっ?」
「いいよ、消さなくて。


 …俺が合わせればいいんだから」
「う、うん。えっと、がんばって、ね…?」
「ああ、うん…ありがと」


オーディション前と違う、彼の変化を見つめて、八重は思う。


…すごく緊張してる…あんなに落ち着かない彼って、珍しい…。

……どういう演奏をするつもりなんだろう。…この演奏、これから定演まで彼がどういう立ち位置で居たいのか、示すことになると思う…。



ようやく演奏の態勢になる。
嫌に静かな音楽室が、オーディション後の異様な光景を思い起こさせる。あの悲劇の現場が、まさにこの場所なのだから。


「じゃあ、いきます。
 テンポは本番より遅めだから、
 しっかり息を吐いて、フォルテで。

 どの音もスカスカにならないように、
 出だしから処理まで丁寧に。心がけましょう」
「「はい」」 


…フォルテか。
じゃあ俺はそれ以上に吹かなきゃ沈むっつーわけ…。


でも、このマッピとリガチャーなら。
不足はないし、あとは自分が頑張るだけだ。リードの位置を確かめ、マウスピースを咥えて。指揮棒が振れるのを、待つ。


「1、2…」


前奏が始まる。皐月の目が、響野の耳が、自分に向けられているのを知りながら、直人はすぐにD音の運指を象った。


…この前と違う。
前奏からアドリブを入れてる。



軽いタッチでオクターブキーを押した音階で、音の粒をはっきり立てたステップをちりばめていく。この曲の主旋を吹くのはテナーです、と見せているようでもあり、このような人物がこのような色の演奏をしていきますと、主張しているようでもある。


…それにしても軽い、でも音自体は細くない、いったいどうなってるの?


皐月は首をかしげる。
それは否定ではなく、いい方向への知的好奇心だった。ハイバッフルなら軽さの上に存在感と上品さが乗った我の強い音が出る。ローバッフルならそもそもオクターブ上のパッセージを無理に展開する必要がない、まず向いていないからだ。


だが直人の今見せているそれは、逞しくもあり、綺麗でもある。何か、彼らしいと思わせる雰囲気がある。


…いったいこれは……どういうこと?


マウスピースのせいか、それとも彼の思惑か。
前奏はAメロへと移っていく。伴奏自体はリードミスや単純な音ミスも聞こえていて、本番を想定したそれとは思えない出来だ。だが指揮者の横に立つソリストの表情は変わっていない。いや、変えられないのだ。顔の筋肉もまた、演奏をするのに総動員しているのだから。


…片桐さんのマネはしない。
けど、前の轍も踏む気はない。



これもテンポのせいか、オーディション時と印象が違う。

音の線の太さを維持しつつ、動き自体は軽くしなやかに。しかし最大の違いは、楽譜。まず以前は入れていなかった装飾が、二度三度繰り返されるフレーズに、手を変え品を変えて混入してくるのだ。



…常套手段かもしれないけど。
「宝島」の持つ魅力を、俺は信じてる。



長年、多くの吹奏楽部に演奏されるという事実。square世代ではない直人たちがこれを演奏しているということ、これが、「宝島」が色あせない魅力を持っていることを証明していると、彼は思う。


そしてそれは、多くの人の中に「宝島」のイメージがあるということを意味する。それを裏切ることは、やはり直人には出来なかった。人は人、観客が何を思おうと奏者は自分の思うままにやるべき、そう片桐は演奏で示唆したが、人の喜びを自分の安堵に、人の痛みを自分の罪だと思ってきた彼には、同じ線路を歩けないのだ。



…でもな。
使い古されたフレーズもメロディも、俺の気持ちを乗せることができるってことじゃねーの…?


「宝島」は、人の物かもしれない。
でも、自分の中にも「宝島」はあって、なんとなく綺麗なものだという印象が、小学校の頃から消えずに残っている。小学生の時、1つ上の上級生が上手に吹いていたアルトのソロ。自分には出来そうもないと思っていたあのソロを、今は自分が吹かなければいけない。


それが、自分の持つ「宝島」のイメージ。
このためか、直人の中にはなんとなく、「宝島」のソロは他の上手な人が吹くもの、という印象が潜在的にあったの
かもしれない。


これが直人に、決して届かない理想を突き付けた。
自由なソロを考える意欲を失わせ、無難な演奏で片桐に託すことばかり考えさせた。



…でも本当は違う。
俺は俺の持ち駒を出す資格がある、この、こいつを持っている間は――。




常に軽いタッチでエネルギーを前に向けていたのは、この曲のサビを重たくさせないため。1つ1つのフレーズにおいて、最後の音までしっかり線をつなげて唄えるこのサビは、要所要所で迎えるトニックの頂点を大げさに見せては、ダサい。


軽く流す、しかしその流れを殺さないようテクニカルに装飾を入れて技を見せる、これがサックスでも原曲のEWIでも通ずるプログレッシブポップの神髄。妙に騒いだり、大仰なアドリブは入れなくていい。でも、これだけは守りたいこともある。



……吹奏楽版の楽譜…。



編曲者自らも思った。一瞬波間に見えるBの音がさわやかに聞こえるものだなと。そう思わせるほど軽やかで、でもしっかりした音。不思議なのだ、しっかり主張している癖にうっとうしくない、浮遊感があるのに音の線は太い、でも太すぎず、細すぎず。


この音の正体が、軽く流したサビの中、片桐にはわかっていた。



…彼だから。
人のことばっかり気にしてる彼だから、できるのよ。


…そう、ソプラノもアルトもテナーもバリも…全部やった彼だから、人の痛みがわかる、だから誰の邪魔もしないこんな音になる。



ものすごい魅力がある、というわけでもない。
際立った色彩で満ちているわけでもない。でもこれが、高見 直人という人なんだと、片桐は思う。




…でも、だからこそ…だから、私は…あなたの音を聞きたいと、思ってたんだと思う。今更、よね…。




彼がカレーを食べながら言っていたことを思い出して、片桐は、柵壁の上に置いた拳を震わせた。




――…君ってさ、どういう演奏がしたい?って思って練習するの?


――聞いてる人が「あれ?」って思わない演奏。



……思うわけないじゃない…。



だから片桐は伝えたかったのだ。
あなたはあなたのやりたいことをしてもいいと。例え好き勝手なアドリブをしたとしても、あの人がやりたいことなのだから、どうせ誰かを傷つけたりしない範疇に留まるに違いない、だから。


…宝島だから、宝島を聞きたがってる人の事を考えなきゃいけない?
そんなことしなくても、あなたなら…。



原譜と比べると、グリッサンドやポルタメントの装飾や、さりげなく加えられた音符が増えていて、常に動きが絶えない、でもゆっくりめなテンポの中で推進力は失わず、軽やかさは常に保たれている。


高見君は上手い、高見君はすごい、ことサックスに関してはそう言う人が多い中、何がどう上手いのかをちゃんと説明できる人は少ない。おそらく、本人もすべては口にできないだろう。しかしこれらの動きを違和感なくやってのけるには、指の動きだけでなく、ハーフタンギングの駆使と、多忙極まるブレスコントロールが必須になる。それがわかるから、皐月は思わず息を呑んだ。…この伴奏の中、ブランクもあるのにものすごい集中力だわ。と。



…それでもあなたは、自分の演奏に満足していないと思う。
ううん、許せないのよね、あなたは。自分自身を。




2回目のBメロ、サビと続いていく宝島。微妙にイントネーションや装飾の入れ方を変えながら飽きさせない工夫を見せて、流していく。楽器屋のおっちゃんに言われたことが、この辺りに活きていると見て間違いない。


だが、この後のソロこそが問題。
M8などのアレンジと違い、言われたことを徹底することしか知らない学生殺しの長い長いソロが待っている。場合によってはサビを2回入れて、その負担を軽減することもできる。だがここの顧問はそのような指示を今のところ出していない。



…自分で決めなきゃいけない。
俺のやりたいことは、俺の言葉で、音で…伝えなきゃいけない。でしょ、先生…!



サビの最終の音の後、自然なフェードアウト処理から、また忙しいパッセージが始まる。これは響野 里澄監督作品でも、麻生 華澄指示の産物でもない。高見 直人が、これまでの数年で培ってきた、知識と技術の結晶だ。


音の粒を立てながらテナーの低音が動く度、ブラッシングなサックスサウンドで空気が切り裂かれていく。まるでこれは、森の中、野生動物が心の赴くままに声を挙げている様を思い起こさせる。



…レンジは中程度、オクターブも上がってこない。
美味しいところを後に取っていると見て間違いないかな。



響野はもう、目を閉じてそれを聞いていた。今はもう、バンドの上で踊る彼の音しか聞きたくない、そんな様子である。


短いグリッサンドの装飾が多い。まるで誤魔化しているようだ。否、わざと誤魔化している。敢えて動きのラインを見せるのではなく、不透明にさせて、聞く人の注意を向けているのだ。その証拠に、エネルギーは音の上行に合わせて少しずつ高まる風を見せて、でも上がり切らずにまたステップを踏む。


この用意周到な計画性は、今のところきらめき高校のサックス奏者でいうと、彼にしかない色だ。しかも彼はそれを、瞬間瞬間のアドリブでやってのけるのだから、もう光や語堂が見てすぐ真似できるレベルではない。


…何が苦しいのかも言わない、話してくれない。
アテにしてくれない上に、こんな演奏で突き放されて。どうしろっていうのよ…。



語堂が密かにそう憎たらしく思ったメロディラインは、指を休めることなく踊り続ける。しかも一筆書きのその一筆が長い。なかなか息をしない上、息をするタイミングで自然に休みを入れるから、違和感が休暇を貰ってばかりである。



…ベースラインが浮いてこないな、くそっ、わかり辛ぇ。



スタッカートの処理の後、弱起で出そうとしたフレーズの頭がテンポにハマらず、スピード感を失う。しかしそれを敢えて味にするべく、伸ばしとしゃくりで緩和させ、スリリングさを維持するだけにとどまらず、弛緩も使っていく。このさりげなく伸ばした音の中にベースラインの躍動感と、和音の天の川が拡がることが、再び宝島のメロディックな和声感を聞く人に与えるのである。



…ベースも今聞いた。ここか、捉えた…。



伸ばしの中でどこに低音が居るのかを聴覚で探りあて、美樹原をアテにして。意外と親友の鳴らすタンバリンがいい仕事をしていることがやけに嬉しくて、今度は俺もと、熱くなる。



…弛緩の後は、緊張感。
セオリーだけど全部見せるって約束したからな…。



何千、何万回と練習してきた音階練習。この調もそれは欠かしたことはない。その通りに上へ下へ行き来するだけで、サックスってすごく指が忙しいんだと思わせるには十分なほどの動きが出来上がる。


そして弛緩と緊張の両方を持たせるスパイス。それも、直人はよく知っていた。



……ゼクエンツ。ここで入れてきた。



響野は瞼の裏で、エネルギーが高まっていくのを感じた。等間隔で同じ音の行き来を繰り返して何度も演奏されるこの技法、しかしサックスはこれをさらにかっこよく演奏できる。



…やっぱり。彼ならやるわよね。



皐月の口許が思わず緩む。
彼は同じパッセージの連続でも、密かに違いを入れている。そのせいで、緊張感がより高い水準で維持されているのだ。同じ音が繰り返されれば、次に繰り返しが解かれた時、どのような音が繰り出されるのかを観客は期待する。その期待を少し大きくさせるこの技術こそが、オルタネイトフィンガリングなのである。


…オルタネイトフィンガリングは、知識だけでなくしっかりとしたブレスコントロールが必要になる。だって、普段使わない指使いをするんだもの。その音だけ、くすんだり沈むようでは台無しになる。だから、その点は、いつもしっかりロングトーンをしてる君だからこそ、なのかな。


先生の横目にも気付かず、直人は最後の仕上げに取り掛かる。


徐々に上げてきたダイナミクスと音の高さ。音が高いほどエネルギーが高まることは常識として彼も知っている、だからわずかずつわずかずつサブドミナントのフェイントをかけながらここまで仕込んできたのだ。一番おいしいところで、高いレンジで盛り上がすことを仄めかすように。



…でもここで熱くなっちゃいけない。
丁寧に、でもテクニカルに。重すぎず、前に前に…。



一番の盛り上がり。
ここで熱く熱く歌い上げるのではなく、あくまで技巧的に、しかし八部休符の後の出だしでエネルギーを高めて、綺麗にまとめていく。




……俺は怖かったんだと思う。

これを出して、まともに片桐さんに負けることが。逆に、何かの間違いで勝ってしまうことも怖かった。だから、最初から勝負を捨ててた…。


…みんなの期待に応えること、それは本当の俺とは別の俺を、みんなに見せることなのかもしれない。俺なんて、みんなの中に居ない方がいいのかもしれない…。


…でも。俺は、みんなと一緒に居たいというか、みんなの中に…俺の居場所があってほしいって、そう思った。それは、俺の本音で間違いない。


だから。本当の俺が、そうやって努力をしようと思えるのなら。
みんなと一緒に居続けられる自分を維持したいと思うのなら。


俺は、こうやって期待を背負い続けていけるのかもしれない。
この期待は、俺がただ自分で作ったもの。じらしてじらして、弛緩と緊張を繰り返しながら音少しずつ上げて、計画的にさぁ。だからこの演奏は、俺の中のイメージに居る、みんなそのものなのかもしれない。


…これから、みんなから期待を寄せてもらえるかは、わからないけど…。

でも、頑張りたいと思ってる。心から。
だから今日は、この演奏でやろうと思った。




こんなことは独りよがりで、伝わらないのかもしれない。
だが、直人はそれでも、期待していた。少しは、片桐さんや響野さんや、先輩たちなら。少しくらいは、伝わるかもしれないと。




…もう、なんか……。

やっぱり、もう…すごいよ、君って…。



それを聞きながら、光は思わず吹くのを止めたくなった。彼の音をちゃんと聞きたかったから。


…すごすぎて参考にならないよ、もう…。
この、時々動いた後出てくる4分音符の時、少し伸びた君の音ってすごくいい色してて、綺麗で、なんでだろ、優しくて…。



…君みたいになりたい、君と一緒に吹きたいって思ってた。
でも、こうして聞いてたら…無理なのかなって、なんか…。



中学の頃はトラックの上で幻を追いかけてきた。
だから追いつけなかったし、都合の良い最高の競争相手になってくれた。


だが現実の彼を追いかけてみると、もう線路さえ違う気がした。部活も同じで、こんなに近い位置に居るのに。アンサンブルコンテストで褒められた自分の音は、「ブリリアント」だと称された。だが、彼の音はそういう風ではない。輝かしくはないが、暗くもなく、どうしてこんなに唯一無二の音なのかなと恨めしくなる。


――ほんとに光、いい音してるんだから。


彼がほめてくれた音は、彼と一緒の音じゃない。
同じ練習をしてきたはずなのに。


…もう、一緒には走れないのかな……。



光に後ろ姿をこれでもかというくらい見せる演奏は、このアドリブの後のサビを終え、間もなく完走となった。


吹き終えた彼は「まずかったかな」というような顔をしつつも、どこか疲れているようであった。


「ありがとうございました。

 本番までまた頑張るんで、よろしくお願いします」


彼がそう言うと、まばらな拍手が少しずつ大きくなって、返事をしてくれた。その後すぐ、短い個人練習が始まるため、解散となったのだが、直人はやはり、渡り廊下に直行していった。


それを、迎えに来たみたいに歩み寄ってきた、片桐。
憂いに濡れたその顔は、泣き出しそうにも見えるし、哀しそうにも見えるし、申し訳なさそうにも見えるしで、如何ともし難い様相だった。


「…今は、あんなもんだけど。

 これからもベストを尽くすよ」


直人がそう言うと、片桐は首を横に振りながら、渡り廊下の床に視線を落として、言った。


「…わかってるわよ……」
「……」
「当たり前じゃない…あなたが頑張る人だって、
 そんなこと…知ってるわよ…」
「…そういや、そっか」
「何よ、それ…。

 ばか…あなたのせいで、吹きたくなっちゃったじゃない……」


…許さないとか、もう一緒に吹きたくないなんて言ったけど。
本当は最初からわかってた。2人で吹いて、楽しければ、それでいいのに、って。


…だから。そうやって、あなたが前向きになってくれたこと。
前向きに演奏してくれたことが、今は。嬉しいの。


「…なんかさ」
「え…?」
「…全校集会ん時、みたいだね」


こうやって2人で向かい合うと、吹き終えた後にハイタッチをしたことを思い出す。でもそれは、直人が今しがた完全燃焼したから、そう思うだけのことかもしれない。それに気づいて直人が謝ろうとしたが、片桐は手を挙げてタッチを求めてきた。


「……。


 …あ、いいや。手、汗ばんでるし」
「えーっ、何よそれ!」
「冗談、冗談」
「…。まあ、いいわ。ふふ。
 あなたの演奏に免じて。特別に許してあげるわ」



いい人たちばかりなのは最初からわかっていた。
それを利用して自分の居場所を守り続けることが、都子の言う最低な人の行いなのではないかと思えて、怖かった。


…違ったんだ。俺は、許せなかったんだ。
俺自身が。いや、今も……。



見失った道の中で、誰かと一緒に居るための努力、どうやって人に好かれるか、そのやり方さえも分からなくなった時、支えになったのは吹奏楽だった。


人を傷つけるばかりで、大人が簡単に捻じ曲げるばかりの真実しかない、現実と隣り合わせの箱庭。そこで大事な人の命さえ、喪いかけた。


…でも。誰かと一緒に居ること、期待に応えること。
それが、吹奏楽と同じように、目標に向かって苦しみながらも堅実に努力を重ねていくことで、浮かばれないとしても…近付けるのなら。俺は、吹奏楽も、自分も…嫌な事だらけの真実が、好きになれるのかもしれない…。



ハイタッチを決めて、通り過ぎた先。
きらめき高校の天才音楽家は、ヘッドホンをつけて渡り廊下を去ろうとしていた。



「薄情ね、何も言わずに行っちゃうなんて」
「…。いや。後日、お礼が来ると思う」
「why,どうしてわかるの?」
「だって、ほら。
 来てるっぽいじゃん。インスピレーション」


直人が親指で示した先、足を止めた音楽家は、何か手振りをしながら、か細い声でハミングしたり、見えないノートに書き留めるような仕草を見せている。人目もはばからずに。


「相応のお礼が来るといいわね」
「来るでしょ。
 
 3倍返しで」
「wow,男の子はホワイトデーが大変ね」
「ちょっと遅れるけど、ちゃんと俺も返すさ。

 ちょい月末まで待ってもらえれば」


…定演には、そう…どうにか頑張って……。



この程度じゃいけない。
付け焼刃の演奏をさせたことを、モーガンの聖剣に心でわびて、きらめき市の風にさらされながら、思った。



多分、つづく






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