RUNE2 コルテン鍵の秘密 の小説らしきものが書きたい! ルルドの森編
ゲームのシナリオに戻ります。ついにオランジュへと歩を進めていくリズ。そして、生後すぐ以来のグリディとの再会。オラ、なんかwktkしてきた!
私のお気に入りだったポドワンが臨終なさったので、悲しいです。オリジナルキャラが死ぬことでゲーム本編シナリオに戻る、とは因果(?)なものですなあ。
原作ではポドワンも居ないしオランジュの重臣も出てこないから「オランジュ軍弱ぇ…」って感じしかしませんけどやっぱり本当はリズにとってもともとの祖国が蹂躙される(もっと言えば初代からやっている人はカティア=プレイヤーにとっての祖国を蹂躙されてるという置換もあるのかな)辛いシーンが展開されているわけですからここからもハードになるはずなんですよね。
ゲームじゃこの辺は淡々としていて、拾い親のヴィクトールも団員たちも殺され、更にはオランジュで惨状を目撃し…という心労がかさみすぎるすごい展開なんだけどリズは大人びているのか、あんまり表情も動じていない様子で(戸惑っているのかもしれない)ストーリーの作りの甘さ?みたいなものを感じてしまう。
単にコルテン軍のオランジュ侵攻が「酷い」だけで終わらないように書いていきたいです。私の文章力で追いつけるかはわかりませんが―。
以下本文
――――――――――――――――――――――――――――――――
王座に座る女王は、相も変わらず不機嫌の仮面と衣服を纏い、臣下の列に向けてその苛立ちに似た感情を目に見えぬ形で放射線状に放出していた。
王の間入り口から王座に伸びる道を左右に挟んで列を成す臣下たちは、額に嫌な汗が浮かぶのを感じながら、重苦しい空間と時間に耐えていた。
彼らは今、1つの報を待っていた。オランジュきっての良侯であるポドワン=ディンヌが女王の思案に背いて出兵し、更にはそれに便乗した有力諸侯たちもが手を貸してコルテンと最初の火線を演じた…その結果が如何様であるかを見届けた密兵がやってくるのを、こうして張り詰めた空気で待っているのである。
このようなときに無駄口を叩くのを、リュシエンヌ=ジェルベールは好まなかった。そうした臣下が居れば直ちに口頭で咎められ、酷い時は王の間を出入り禁止となり、代理の者を立てさせるというところまでそのポリシーは徹底されていた。
彼女はある種、人間全体に対して軽蔑の面を抱いている。彼女が人の上に立つ役柄を演じている以上、それは矛盾のように思われるが、多くはこの女王の幼少時代の理由のそれを見出すことができる。
リュシエンヌに近しい人々の多くは、彼女から何かを奪った。当人たちにその意思がなかったとしても、少なくとも彼女はそう受け止めている。アドリエンヌも母も、自分から鍵を奪い、ソルを奪い、ポドワンを奪い、そしてポドワンもソルも自分などには興味がなく、何不自由ない女王だと思っていて、鍵のない治世を強いられた自分への同情など決してしてはくれないのだ、と。
しかし人間が角突き合わす以上、何かを失うことは避けられないことである。だがこの女王は、それを若すぎるときに知ってしまった。それは彼女にとって、世の中の万世一系のロジックであるかのように、「人間は皆、期待に値しないし人間と深く付き合えば何かを奪われる」と少女に悟らせてしまったのだ。
王の間に兵士が走りこんできたのは、実際にソアージュ大橋会戦が終結した翌日の昼のことであった。この時コルテン軍の先陣は既にオランジュの地を踏んでいた。この事実は、オランジュの情報伝達速度が如何に後進的であるかが伺い知れる要因となるが、それ以前にどれだけオランジュが敵国に対し過分な自信があったかを雄弁に語るそれでもある。
「オランジュに鍵と女王ありきなら、アーガイルには平和と調和ありき」
という標語が詩人に謡われているが、これはコルテンやワイト、ブリューワなどの勢力がオランジュにある鍵と女王を恐れて攻め込めないことを示している。しかし裏返しに、オランジュもまさか敵国が攻めて来るまいと考えているそれをも表現している。
だが、コルテン王マッコイ8世はその鍵を量産することで、戦略的にオランジュの鍵と女王の存在を無効化してしまったのである。こうしてオランジュとコルテンによる5王国時代以降最大の戦争が繰り広げられることとなった。
ある種平和呆けしてしまっていたオランジュは、コルテンが攻め込んできてもなんとかなる、それが相手もわかっているから攻撃はしてくるまい、とタカをくくっていたのだ。
こうしてオランジュは、最大の危機に非先進的な対応を用いてコルテンの野心に応えた。走りこんできた兵士は、沈痛な表情で、女王の前に跪いた。
「…女王様、ご挨拶もなしに神聖なるオランジュの王の間に愚身を参上致しますことをお許しください」
兵士は静かに、それでいておごそかに言った。女王の返答はこうだ。
「良い。卿に責任を求めても何もできはすまい。して、どうであった。はやく言え」
兵士はそのような女王の冷たい反応にも表情1つ変えなかった。そんなものよりも遥かに衝撃に満ちた何かを目にした、そのような様子だった。彼は、目にした全てを簡単な文章に要約した。
「…オランジュ諸侯の軍はソアージュ大橋でコルテン軍の先発隊と遭遇し、
ほぼ全滅しました。
ポドワン伯、ホルスタイン子爵、レオポール伯…彼らも皆、討ち死に
されました」
軍務尚書のバールフロイトも、ポドワンをよく知る人たちも、レオポールの旧友である大臣も、皆が悲痛な声を挙げた。ポドワンをよく知る女王の召使は昏倒してしまったほどで、王の間を襲った衝撃は強烈であった。
「女王様…!」
バールフロイトが激しい慟哭を抑えて今にも身を震わせんという勢いで女王に短く、静かに言った。女王はひるまなかった。見下したような目線を向け、毅然とした態度と声を「なんだ」という言葉に乗せて放った。
「ポドワン伯はこのようなところで死ぬ御仁ではありませんでした。
女王様が、真に国のことを憂いておられないがために、
意見の対立からこのような多大な犠牲を払うことになったのでは
ありませんか?」
バールフロイトは静かに、しかし声を震わせて言った。オランジュにとって絶対である女王に対して過分な彼の言葉を、誰も咎めなかった。
女王は毅然と言い返す。あくまで自分が正しい。それは女王だからである。
「ほお、バールフロイト…卿はいつからわらわに説教できる立場になった
ものやら。
卿の論法を以ってすれば皆で美しく自壊することこそ最善であるかのように
聞こえるが、真にそう思うならばポドワン伯のように不埒な輩を集めて
私兵を集め、コルテンの機械兵に立ち向かってオランジュの地に還元
されればよかろう」
「お言葉ですが女王様、焦土戦術を取ってオランジュを守ったとて、オランジュは
この城だけにあらずでございます。
ここを守ったとして、それ以降国民が女王様を支持するとお思いですか?」
バールフロイトの批判は痛烈を極めた。ここまでこの女王を、いや、オランジュの女王そのものを否定した家臣は史上初めてであろう。しかし、女王は譲らなかった。この女王は自分が正しいと思って止まなかった。自分を助けるものがいない以上、自分以外、誰がオランジュを守るというのか。自分は、正しくなければならないのだ。
ここにリュシエンヌの心の叫びがあった。自分は正しくなくてはならない。だが、それは自分が女王であるからで、正しくなくてはならないのはオランジュ女王としての真理とか、義務なのだ。
では、自分の真理とは?自分自身はどうあればいい?女王としては正しく、自分としては…自分など、ただ女王に生まれたから必要とされたが、そうでなければどうなっていたのか。もし、自分が普通の家に生まれ育ったなら、アドリエンヌばかりが必要とされ、自分は決して必要とされなくなるのではないか。
そうだ、自分が「必要な人間」になったのは、女王の座を手に入れて姉を廃したから…。だとしたら、自分は、女王でなくてはならない。自分は、常に正しくなくてはならない…。
いつしかその気負いはずれた思考へと変わっていった。自分が正しい。自分は正しくなくてはならないのだから当たり前だ。他の人間が自分を必要とするのは女王だからだ。よって、他人は自分が居なければ正しくはない。
だがその心を正しく理解した者は、今まで誰も居なかった。目の前で何かわめくバールフロイトも、そうだ。リュシエンヌは大陸の頂点であり、そして、孤独を極めたのだった。
「わらわは正しい。そうあるのがわらわの義務で、
それについてくるのが卿らの義務ではないのか!」
リュシエンヌの勢いはバールフロイトも、王の間のざわつきも、かき消した。
「もうよい。そうまで言うのなら、フォゾの町とロアール平原に兵を敷け。
卿らがそこまで言うのだから、勝手に戦って、勝てばいい。
ただし負けそうになって、泣きつくのでないぞ。わらわには所詮、
鍵がないのだからな」
そう、自嘲的に彼女は言った。リュシエンヌは自分に従わない者がいるのも、鍵がないことを皆知っているからだと思っている。
彼女が鍵を持たないことは、先代女王が死んだときに発覚している。先代女王がリュエシエンヌに言い残した言葉はあっという間に広まり、それ以来家臣を挙げて女王の秘密を守りとおしてきたのだ。
女王の叫び声に追い払われるようにして家臣たちは王の間を出て行った。数人が冷たい目線を女王に向けたが、女王は既に視線を下げて右手で頭を抱えていた。
「…そうか、死んだか」
女王は静かに、誰も居ない空間に感慨を響かせた。ソルには、悪い事をしたな。そう、女王の口が動いたが、それは声にならなかった。
その時、別の声が女王の間に響いた。
「参ったね、コルテンの奴らも早まったもんだ」
それはしゃがれた老婆の声だった。リュシエンヌが頭を上げると、彼女の直線上に杖を突いた白髪の老婆がいた。老婆は色とりどりの魔法石を連ねた装飾を肩から頭上、そしてもう一方の肩にかけて身に付けている。
彼女はグリディという占い師であった。アドリエンヌやリュシエンヌが生まれた時にも立ち会った人物である。その素性は、占い師ということ以外ほとんどが謎に包まれているが。
「あの男が死んだそうじゃないか」
「…」
リュシエンヌは目を合わせずに黙っていた。グリディはよろよろとした足取りで近付いて、孤独を極めた女王に声をかける。
「まあまぁ。ちょっとくらいはその辛さ、わしに話してくれも構わんのに。
あんたの姉さんも、頑張っているようじゃぞ」
「…姉上の話は止めぬか」
リュシエンヌは決して、グリディに心を開こうとしなかった。グリディはそれがわかっていながら尚、女王から離れなかった。と、リュシエンヌの表情が急に変わる。何か思いついたような表情で、グリディを一瞥して言った。
「姉上を連れて参れ。ここに」
グリディの表情が、興味深そうにほころぶ。皺の寄った顔が、嬉しそうに輝いた。
「ほお、なるほどね。ようやく決心したかい」
この時のリュシエンヌの思考は、悪辣なものがあった。だが、彼女の性からはじき出されたこの答えを咎める者も、また居なかった。
(鍵が…鍵さえあれば私も…)
蝶の目のアジト跡地を後にしたリズは、すぐにコルテンに向かった。彼女がこの時、何のいざこざもなくコルテン砦を通過できたのは、パルディッツ公が渡したカメレオスのカードの力があったからだ。
カメレオスの近くに居れば、辺りの風景と同じような色に変化し、擬似的に不可視な状態になることができる。これを利用して、オランジュとの戦いの最中で緊張状態にあるコルテンの兵士たちの目を誤魔化すことができたのだ。
砦を後にし、今度はルルドの森を通ってリヨン鉱山の近辺を通過し、コルテンの王城を目指すルートを進んだ。このルートを確立するに当たって入れ知恵したのはブルックである。
「コルテン城に行くに当たって、カティア様もリヨン鉱山は通過したぜ」
真偽の程はさだかではないが、これまでのほぼ全てをブリューワで過ごしてきたリズにとっては、コルテンには土地勘がないため、これを信じるしかなかった。
以前ブリューワへ戻る際に使ったルートを使い、ルルドの森へ到達したリズは、ヴィクトールの墓に立ち寄った。大きな岩とそれにかけられた大きめの上着だけでできた簡単な墓であるが、この下にリズの親ともいえる男が眠っているのだ。
リズが自分の決心を死者に打ち明けようと跪いた時、彼女はあらぬ物を見つけて目を見開いた。
「これ…」
弔意を示す菊の花が一輪と、その横には使い込まれたナイフが置いてあった。ナイフの持ち主を知っていたから、リズは声を上げて驚いた。
「ドッジのじゃないか…!」
それは紛れもなく蝶の目の中盗賊、ドッジの物であった。リズは、生前彼にこのナイフを見せてもらったことが多々ある。
「こいつで盗みも料理も狩りもしてきた。言ってみりゃこいつは俺の
戦歴なのかもな」
ドッジは表情変えずに仕事をこなしながら、リズにそう言ったことがあった。だからこのナイフがどれだけ大事なものかは、彼女にとっては家族の秘め事のようにわかる。
ソルが言っていた。ドッジが死んだと。つまるところここにこれを置いたのは恐らく死んだドッジではなくソルで、少なくとも彼は生きてここまで来たということがわかる。辺りのどこにも血痕がないから、重傷を負ってここまでなんとか着いた様では無さそうだが…いったい彼はどこにいったのだろうか?
ソルは謎に包まれている。年齢不相応に立派な性格をしており、筋を通し、腕も頭も冴え渡り、そして優しく思いやりのある好青年である彼だが、いったいどうして蝶の目に入ったのかはわからない。金品に対して殆どの執着がない面は、ドッジやリズとも共通点があるが、それならばいったい何故入団してきたのだろう?
彼はリズに深く関わろうと必死だった。自分のことは二の次にして、リズのことを心配してくれた。リズは、自分が街中で盗みを働くのをソルが見て、惚れて着いてきたのではないかと妙なことを考えたこともあったが、ばかばかしいとその思考をすぐに頭から追い払っていた。
そしてもう1つの謎は、彼が自然に対してあまり知識がないにも関わらず、菊の花が手向けてあることだ。彼は野営の際、ドッジに薬草を取ってこいと言われて、こう聞き返した。
「すまない、俺は草花に関しての知識が薄いんだ」
実は、ソルやポドワンの家が統治するディンヌ家の領地は、オランジュでも山の方である。川、鉱山を股にかけるディンヌ渓谷は、かつてアントワネットと呼ばれる巨大な蜂の異形の巣であったことがあった。これをカティアと協力して開墾したのがポドワンやソルの先祖である。
さらにはソルは王室に出入りすることも非常に多かったため、草花にはあまり関わってこなかった。そうした背景があるのだが、この事実をリズたちが知る由もないわけだが、とにかく野草や花についてはとことん知識がないことだけは、蝶の目周知の事実であった。
よって、ここに供えられた菊の花は、リズに強烈な違和感を与えた。誰かが他に、この墓に訪れたに違いない。いったい、誰がこんな森の奥に…。リズがその菊の花を視界の主役にし、眉をひそめた時、彼女の疑問を晴らす声がした。
「ああ、その花かい。そりゃあわしが供えさせてもらったよ」
リズは声にぎくっとして、振り向くのと立ち上がるのを同時に行った。この動作の俊敏さは、流石盗賊だと言える。
今度視界を独占したのは、杖を突いた白髪の老婆だった。眼光は暖かくも鋭く、あたかも品定めするような目をリズに向けている。杖を突いているとはいえ、意識も足取りも比較的はっきりした様子である。声はしがわれて多少聞き取りにくいがそれでも可聴領域であり、少しも呆けているとは感じさせない。
占い師というか、魔女というかそんな印象を与える長い鼻は垂れて地面の方向を指し、少し意地悪そうにも見える。肌は老木のように、皺が寄っていて色も艶やかとはいえない。
「驚かせたかい、悪いね」
ひぇっひぇっひぇっ…そのような笑い声が森にこだました。ばさばさと鳥の飛び立つ羽ばたき音がその後に続く。どうやら鳥も、この老婆に何か恐怖というか、不気味さを感じたに違いない。アーガイルの子どもがこの老婆に出くわしたら、確実に泣き出して両親のもとへ走るだろう。そう、リズは感じた。
「…一応、礼は言うよ。ここに眠っているのは、似ても似つかないが
あたしの親父みたいなもんでね」
リズは老婆の目を半ば睨むように凝視したまま親指で背後の墓を指差して言った。盗賊は、貰えるものは貰うというポリシーがあるらしく、この時も一応、弔意の花はありがたく受け取るという気持ちを指して少女は言ったのだが、敵意や威嚇の色が声にあったのは事実だ。
鍵練成場でソルが別れ際に言った言葉。
「お前の持っている鍵は、これからコルテンに狙われるだろう!
何処へ行っても、決して油断するなよ!」
これが念頭にあったから、リズは決して隙を見せなかった。
老婆は「ほおお、そうかい」と嬉しそうに微笑した。老木が朝日を浴びたように、表情がほころんでいる。
「弔意ってのは、所謂生きてる者が一方的に死者に伝えるものだからね。
それを必ずしも死者が望むわけじゃない。だから、場合によっては
独り善がりな意味をもたない弔意もあるさ。
じゃが、娘ともいえるお前さんがそう言ってくれるなら、
意味もあるだろうね。わしこそ、礼を言わしとくれ」
老婆はこれまでにも様々なものの死を見届けてきたのだろう。彼女の述懐に近い弔意への倫理は、経験とその老成された精神に彩られていた。
2人の間に、言葉が消える。リズは余裕の無い様子で老婆に相対しているが、反して老婆は常に微笑し、余裕に満ち溢れている。
リズがカードケースに手を伸ばした時、老婆の声がゆっくりと吐息に乗って、森の爽やかな空気に溶け込んだ。
「おやおや、別に取って食ったりなんてしないよ」
老婆はまた笑って、嬉しそうにほとんど残っていない歯を見せた。決して老婆は避けようとか防ごうとかそういった動作の片鱗も見せず、そこに立っていた。
その様子で十分に安心できるとはわかっていても、リズは警戒に余念がなかった。
「どうかな、コルテンの廻しものかもしれないじゃないか」
老婆は「ふむ…」と唸ってから、少女の懐疑を晴らそうと名乗った。
「わしはグリディ…しがない占い師さ。うんと昔は骨董品屋も
やっていたんだがね。最近はこっちが本業さ。
見ての通り歩き回るのがやっとでね。あんたに危害を加えよう、
ったってそりゃあ無理な相談さ」
ここでリズはようやく「そうかい、そりゃあ悪かったね」とコルテン製のカードケースから手を離した。不思議な余裕に包まれたグリディを、リズはどこか知っているような気がしたが、所詮具体的な思い出などなく、「気のせい」で終わってしまった。
「それで婆さん。あんたが声かけてきたのは、花の話だけかい」
少しキツい語調で、腕を組んだリズは問いを投げかけた。勘のいい子だ。いつぞやのあの子も、そうだったかね。グリディはそう思い、また微笑する。
「さすがだ、よくわかったね。
…あんたが面白いものを持っていたから、つい声をかけちまったのさ」
グリディは細く長い木の根のような指で、リズを指差した。
「背中に付けてるその「鍵」…
代々の女王だけが持つ「最初の鍵」じゃないかい?」
またか、リズは怪訝な表情を隠せなかった。マッコイ8世もこのようなことを言っていたが、それならばどうして自分はこれをもっているというのか。もう、おぼろげにしか覚えていない幼少の頃。いつもその回想は、ガディスの街の門から始まり、森に入って、ヴィクトールに拾われて、そうして続いていく。
いったい、自分は門の傍に座り込んでいた以前どこで何をしていたのだろうか?そこに何か、この鍵に関する手がかりがあるのだろうか…?
「そりゃあ、確かなのかい?
なあ、婆さん。本当に、これが最初の鍵に見えるかい?」
リズは切実な思いでグリディに問う。この問いにグリディは「ああ、そうだと思うがね」と静かに答えた。
「最初の鍵の中では、あの子が…初代女王カティアがアーガイル大陸を
走り回って集めた鍵たちがひしめき合っているのさ。
それを、ひしひしと感じるんじゃよ。だから、九分九厘間違いない
じゃろう」
もともと5王国時代、鍵は各国にあった。それをカティアが集め、1つにしたのだという逸話は有名だ。だからこそ、最初の鍵には強力な力があり、コルテン製の鍵とは比べ物にならないほどの力があるのだ。
「どうして、あたしがこれを…」
今まで、ずっと避けてきたことだった。自分の出生の秘密、失われた記憶。それを唯一伺い知れるのは、この鍵だけだ。リズはこの時、初めて知りたいと思ったのだ。この長年連れ添ってきた自分の謎を、はっきりと、明確に。
「何だか、ワケありのようだねぇ…。
…良かったら話を聞こうか?
わしはもう随分長く生きているからね、あんたの話を聞くくらいは
出来るはずさ」
グリディの顔に刻まれた深い皺一つ一つが、その生きてきた年数とその中で見てきた生と死を物語っているようである。彼女の生きてきた年数は、それほどまでに長く気の遠くなるような年月だった。
リズはこの老成された占い師の女性を信じることにした。グリディが親身になってくれているであろうことは、リズが如何に目の前の女性より人生観が欠落していたとしても、汲み取れることであった。
もしかしたらそれは、グリディが老成しているからこそ、リズにも汲み取れたのかもしれないが。
「あたしは、小さいときからこれを持っていた。
だけど、あたしの記憶は肝心なところで途切れちまっていて
なんで持っているのかわからないんだよ」
正直にリズが話すと、グリディはなるほどねえ、と唸って、吐息を吐いた。
「…その「鍵」は確かに最初の鍵だからねえ。
代々の女王だけに伝わるものだから、もしかしたらあんたは
オランジュの王室に関係があるのかもねえ」
「でも、あたしはブリューワ出身なんだよ?どうしてオランジュに関係が
あるのさ」
「そりゃあわからないが、鍵は嘘をつきゃしないよ」
とうとうリズは返答に窮してうつむいた。確かにそうなのだ。彼女の手にする鍵がかのカティアが使ったという最初の鍵なのであれば、リズか、少なくともリズの本当の肉親はオランジュの王室に関係するのかもしれない。
グリディはうつむく彼女に打開策を与えようと口を開いた。
「そうだねえ…1度オランジュに行って、女王に会ってみたらどうだい?」
女王に会う。女王はさぞ鍵を探して怒っているに違いない。なにせ、リズは10数年も鍵を王室から奪っている張本人なのかもしれないのだ…気が重くなって当たり前である。
と、リズが頭を垂れて目を細めた時、耳をつんざくような鳴き声が、周囲から上がった。
「ほお、狙われとったか」
グリディが冷静に呟いて、周囲を見渡した。気が付けば2人は包囲されていた。彼女らを取り巻いたのは、鳥の異形コカトリスであった。
コカトリスの吐息は当たったものを石化することで有名で、あまりに精巧な彫刻は「コカトリスの息に人間が当たったのだ」と比喩されたりもするほどだ。
「婆さん、ちゃんと後ろに居るんだよ」
リズはグリディに言い放ち、カードケースからカードを数枚取り出した。取り出したカードはそれぞれ剽悍な獣テラービースト、岩の大男ストーンゴーレム、大樹の異形トレントマスター、怪鳥テラーレイブンであった。
一斉に周囲のコカトリスがわめきながら包囲されたリズとグリディに襲い掛かる。が、前方から来たそれはすべてストーンゴーレムの大きな拳に阻まれて殴り倒された。彼の体はもともと岩な故、コカトリスの石化吐息をものともしない勢いで立ちはだかったのだ。
リズから見て右側からやってきたコカトリス二匹も、テラービーストに次々と襲われて倒された。彼の素早い動きはコカトリスの嘴でも吐息でも捉えられなかった。
それはリズの左から来たコカトリスもそうであった。テラーレイブンが右から左へ、あやまたず左から右へ飛び去ったと思うと、コカトリスたちは吹っ飛ばされて次々と倒れた。それほどに早い動きから織り成された体当たりは、同じ鳥型異形でありながら陸上系になるコカトリスらには捉えきれなかった。
トレントマスターはリズたちの背後をコカトリスの攻撃から身を呈して守った。彼の放つ波動は石化の吐息を受け付けず、まったくゆるぎなかった。ソアージュ大橋会戦で戦死した、ホルスタイン=クラーク子爵がとった異名にふさわしい実像であった。
あっという間にコカトリスの群れを撃退したリズがカードをしまうのを見て、グリディは感嘆の息を漏らした。
(ほお…カードの扱いにこれほど慣れておるとは。本当にあの子を彷彿とさせるねえ)
カードをしまい終えたリズは、グリディに向き直るとこう言った。
「もうコルテンは、オランジュに攻め込む頃だろうしね。
あたし、手遅れになる前にオランジュに行く。
そして、女王に会う。
色々、聞いてみたいことも、話したいこともあるしね…」
リズの決意に満ちた表情を、老婆は頷いて微笑し、肯定した。
「それがいい。あんたが後悔しないことを、その鍵も願ってるよ」
―いろいろありがとう。
そう言い残してリズが森を後にしようとするのを、老婆は最後に一回だけ制止した。
「おっと、待ちな。最後にひとつだけ言わせてくれないか?
世の中、悪い奴ばっかりじゃない。あんたが信用出来る人間に
会える事を祈っているよ」
―悪い奴ばっかりじゃない。
2人の脳裏に、何人の、そして誰の顔がよぎっただろうか。
リズはこの言葉に微笑して答えた。
「ああ。婆さんも、なかなかいい人だったよ」
「ひひ、そうかい。
…色々大変だと思うけど、頑張りな」
老婆の脳裏には、恐らく赤い衣を纏った初代女王の苦労の数々が再生されていたことだろう。しかし、リズにはまだ、苦悩が始まったばかりなのだ。拾い親を失い、国と、その黒幕を相手に戦うことを決めたこの少女に、運命は多少色々なことを押し付けすぎているかもしれない。
だが、彼女は1人なわけではない。それを、覚えていてほしかったのだ。カティアでさえ、1人ではアーガイルを救うことは、できなかったのだから。
リズは片手を挙げて応じ、老婆のもとを去っていった。
「さて…と。わしは確かに、女王…あんたのもとに姉さんを送ったよ。
たどり着けるかどうかはあの子と同じ…自分でなんとかするさ。
もしたどり着けなきゃ、このあんたたちもこの大陸も、これまで、って
ことさ…」
老婆は少女の背を、いやその背中に輝く鍵を、どちらともいえぬ視線で見つめて独語した。
盟約を継ぐものを見届け、そして盟約が消えた頃から鍵を継ぐ者を見届けてきた彼女は今も、見届けようとしている。決して、自分は手を貸さずとも、人々が厄災を乗り越える様を。
老婆は呟く。
―せいぜい、頑張りな。
つづく
――――――――――――――――――――――――――――――
今日のカード
コカトリス 木属性 レベル★★★★
技名「石化ブレス」 威力14
触れたものを石にする吐息を吐く、鳥の異形。陸を歩いて生きているので飛行能力はあまりなく、素早さは低い。コルテン地方ではコカトリスの肝臓が、滋養強壮に効くといわれる。
私のお気に入りだったポドワンが臨終なさったので、悲しいです。オリジナルキャラが死ぬことでゲーム本編シナリオに戻る、とは因果(?)なものですなあ。
原作ではポドワンも居ないしオランジュの重臣も出てこないから「オランジュ軍弱ぇ…」って感じしかしませんけどやっぱり本当はリズにとってもともとの祖国が蹂躙される(もっと言えば初代からやっている人はカティア=プレイヤーにとっての祖国を蹂躙されてるという置換もあるのかな)辛いシーンが展開されているわけですからここからもハードになるはずなんですよね。
ゲームじゃこの辺は淡々としていて、拾い親のヴィクトールも団員たちも殺され、更にはオランジュで惨状を目撃し…という心労がかさみすぎるすごい展開なんだけどリズは大人びているのか、あんまり表情も動じていない様子で(戸惑っているのかもしれない)ストーリーの作りの甘さ?みたいなものを感じてしまう。
単にコルテン軍のオランジュ侵攻が「酷い」だけで終わらないように書いていきたいです。私の文章力で追いつけるかはわかりませんが―。
以下本文
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王座に座る女王は、相も変わらず不機嫌の仮面と衣服を纏い、臣下の列に向けてその苛立ちに似た感情を目に見えぬ形で放射線状に放出していた。
王の間入り口から王座に伸びる道を左右に挟んで列を成す臣下たちは、額に嫌な汗が浮かぶのを感じながら、重苦しい空間と時間に耐えていた。
彼らは今、1つの報を待っていた。オランジュきっての良侯であるポドワン=ディンヌが女王の思案に背いて出兵し、更にはそれに便乗した有力諸侯たちもが手を貸してコルテンと最初の火線を演じた…その結果が如何様であるかを見届けた密兵がやってくるのを、こうして張り詰めた空気で待っているのである。
このようなときに無駄口を叩くのを、リュシエンヌ=ジェルベールは好まなかった。そうした臣下が居れば直ちに口頭で咎められ、酷い時は王の間を出入り禁止となり、代理の者を立てさせるというところまでそのポリシーは徹底されていた。
彼女はある種、人間全体に対して軽蔑の面を抱いている。彼女が人の上に立つ役柄を演じている以上、それは矛盾のように思われるが、多くはこの女王の幼少時代の理由のそれを見出すことができる。
リュシエンヌに近しい人々の多くは、彼女から何かを奪った。当人たちにその意思がなかったとしても、少なくとも彼女はそう受け止めている。アドリエンヌも母も、自分から鍵を奪い、ソルを奪い、ポドワンを奪い、そしてポドワンもソルも自分などには興味がなく、何不自由ない女王だと思っていて、鍵のない治世を強いられた自分への同情など決してしてはくれないのだ、と。
しかし人間が角突き合わす以上、何かを失うことは避けられないことである。だがこの女王は、それを若すぎるときに知ってしまった。それは彼女にとって、世の中の万世一系のロジックであるかのように、「人間は皆、期待に値しないし人間と深く付き合えば何かを奪われる」と少女に悟らせてしまったのだ。
王の間に兵士が走りこんできたのは、実際にソアージュ大橋会戦が終結した翌日の昼のことであった。この時コルテン軍の先陣は既にオランジュの地を踏んでいた。この事実は、オランジュの情報伝達速度が如何に後進的であるかが伺い知れる要因となるが、それ以前にどれだけオランジュが敵国に対し過分な自信があったかを雄弁に語るそれでもある。
「オランジュに鍵と女王ありきなら、アーガイルには平和と調和ありき」
という標語が詩人に謡われているが、これはコルテンやワイト、ブリューワなどの勢力がオランジュにある鍵と女王を恐れて攻め込めないことを示している。しかし裏返しに、オランジュもまさか敵国が攻めて来るまいと考えているそれをも表現している。
だが、コルテン王マッコイ8世はその鍵を量産することで、戦略的にオランジュの鍵と女王の存在を無効化してしまったのである。こうしてオランジュとコルテンによる5王国時代以降最大の戦争が繰り広げられることとなった。
ある種平和呆けしてしまっていたオランジュは、コルテンが攻め込んできてもなんとかなる、それが相手もわかっているから攻撃はしてくるまい、とタカをくくっていたのだ。
こうしてオランジュは、最大の危機に非先進的な対応を用いてコルテンの野心に応えた。走りこんできた兵士は、沈痛な表情で、女王の前に跪いた。
「…女王様、ご挨拶もなしに神聖なるオランジュの王の間に愚身を参上致しますことをお許しください」
兵士は静かに、それでいておごそかに言った。女王の返答はこうだ。
「良い。卿に責任を求めても何もできはすまい。して、どうであった。はやく言え」
兵士はそのような女王の冷たい反応にも表情1つ変えなかった。そんなものよりも遥かに衝撃に満ちた何かを目にした、そのような様子だった。彼は、目にした全てを簡単な文章に要約した。
「…オランジュ諸侯の軍はソアージュ大橋でコルテン軍の先発隊と遭遇し、
ほぼ全滅しました。
ポドワン伯、ホルスタイン子爵、レオポール伯…彼らも皆、討ち死に
されました」
軍務尚書のバールフロイトも、ポドワンをよく知る人たちも、レオポールの旧友である大臣も、皆が悲痛な声を挙げた。ポドワンをよく知る女王の召使は昏倒してしまったほどで、王の間を襲った衝撃は強烈であった。
「女王様…!」
バールフロイトが激しい慟哭を抑えて今にも身を震わせんという勢いで女王に短く、静かに言った。女王はひるまなかった。見下したような目線を向け、毅然とした態度と声を「なんだ」という言葉に乗せて放った。
「ポドワン伯はこのようなところで死ぬ御仁ではありませんでした。
女王様が、真に国のことを憂いておられないがために、
意見の対立からこのような多大な犠牲を払うことになったのでは
ありませんか?」
バールフロイトは静かに、しかし声を震わせて言った。オランジュにとって絶対である女王に対して過分な彼の言葉を、誰も咎めなかった。
女王は毅然と言い返す。あくまで自分が正しい。それは女王だからである。
「ほお、バールフロイト…卿はいつからわらわに説教できる立場になった
ものやら。
卿の論法を以ってすれば皆で美しく自壊することこそ最善であるかのように
聞こえるが、真にそう思うならばポドワン伯のように不埒な輩を集めて
私兵を集め、コルテンの機械兵に立ち向かってオランジュの地に還元
されればよかろう」
「お言葉ですが女王様、焦土戦術を取ってオランジュを守ったとて、オランジュは
この城だけにあらずでございます。
ここを守ったとして、それ以降国民が女王様を支持するとお思いですか?」
バールフロイトの批判は痛烈を極めた。ここまでこの女王を、いや、オランジュの女王そのものを否定した家臣は史上初めてであろう。しかし、女王は譲らなかった。この女王は自分が正しいと思って止まなかった。自分を助けるものがいない以上、自分以外、誰がオランジュを守るというのか。自分は、正しくなければならないのだ。
ここにリュシエンヌの心の叫びがあった。自分は正しくなくてはならない。だが、それは自分が女王であるからで、正しくなくてはならないのはオランジュ女王としての真理とか、義務なのだ。
では、自分の真理とは?自分自身はどうあればいい?女王としては正しく、自分としては…自分など、ただ女王に生まれたから必要とされたが、そうでなければどうなっていたのか。もし、自分が普通の家に生まれ育ったなら、アドリエンヌばかりが必要とされ、自分は決して必要とされなくなるのではないか。
そうだ、自分が「必要な人間」になったのは、女王の座を手に入れて姉を廃したから…。だとしたら、自分は、女王でなくてはならない。自分は、常に正しくなくてはならない…。
いつしかその気負いはずれた思考へと変わっていった。自分が正しい。自分は正しくなくてはならないのだから当たり前だ。他の人間が自分を必要とするのは女王だからだ。よって、他人は自分が居なければ正しくはない。
だがその心を正しく理解した者は、今まで誰も居なかった。目の前で何かわめくバールフロイトも、そうだ。リュシエンヌは大陸の頂点であり、そして、孤独を極めたのだった。
「わらわは正しい。そうあるのがわらわの義務で、
それについてくるのが卿らの義務ではないのか!」
リュシエンヌの勢いはバールフロイトも、王の間のざわつきも、かき消した。
「もうよい。そうまで言うのなら、フォゾの町とロアール平原に兵を敷け。
卿らがそこまで言うのだから、勝手に戦って、勝てばいい。
ただし負けそうになって、泣きつくのでないぞ。わらわには所詮、
鍵がないのだからな」
そう、自嘲的に彼女は言った。リュシエンヌは自分に従わない者がいるのも、鍵がないことを皆知っているからだと思っている。
彼女が鍵を持たないことは、先代女王が死んだときに発覚している。先代女王がリュエシエンヌに言い残した言葉はあっという間に広まり、それ以来家臣を挙げて女王の秘密を守りとおしてきたのだ。
女王の叫び声に追い払われるようにして家臣たちは王の間を出て行った。数人が冷たい目線を女王に向けたが、女王は既に視線を下げて右手で頭を抱えていた。
「…そうか、死んだか」
女王は静かに、誰も居ない空間に感慨を響かせた。ソルには、悪い事をしたな。そう、女王の口が動いたが、それは声にならなかった。
その時、別の声が女王の間に響いた。
「参ったね、コルテンの奴らも早まったもんだ」
それはしゃがれた老婆の声だった。リュシエンヌが頭を上げると、彼女の直線上に杖を突いた白髪の老婆がいた。老婆は色とりどりの魔法石を連ねた装飾を肩から頭上、そしてもう一方の肩にかけて身に付けている。
彼女はグリディという占い師であった。アドリエンヌやリュシエンヌが生まれた時にも立ち会った人物である。その素性は、占い師ということ以外ほとんどが謎に包まれているが。
「あの男が死んだそうじゃないか」
「…」
リュシエンヌは目を合わせずに黙っていた。グリディはよろよろとした足取りで近付いて、孤独を極めた女王に声をかける。
「まあまぁ。ちょっとくらいはその辛さ、わしに話してくれも構わんのに。
あんたの姉さんも、頑張っているようじゃぞ」
「…姉上の話は止めぬか」
リュシエンヌは決して、グリディに心を開こうとしなかった。グリディはそれがわかっていながら尚、女王から離れなかった。と、リュシエンヌの表情が急に変わる。何か思いついたような表情で、グリディを一瞥して言った。
「姉上を連れて参れ。ここに」
グリディの表情が、興味深そうにほころぶ。皺の寄った顔が、嬉しそうに輝いた。
「ほお、なるほどね。ようやく決心したかい」
この時のリュシエンヌの思考は、悪辣なものがあった。だが、彼女の性からはじき出されたこの答えを咎める者も、また居なかった。
(鍵が…鍵さえあれば私も…)
蝶の目のアジト跡地を後にしたリズは、すぐにコルテンに向かった。彼女がこの時、何のいざこざもなくコルテン砦を通過できたのは、パルディッツ公が渡したカメレオスのカードの力があったからだ。
カメレオスの近くに居れば、辺りの風景と同じような色に変化し、擬似的に不可視な状態になることができる。これを利用して、オランジュとの戦いの最中で緊張状態にあるコルテンの兵士たちの目を誤魔化すことができたのだ。
砦を後にし、今度はルルドの森を通ってリヨン鉱山の近辺を通過し、コルテンの王城を目指すルートを進んだ。このルートを確立するに当たって入れ知恵したのはブルックである。
「コルテン城に行くに当たって、カティア様もリヨン鉱山は通過したぜ」
真偽の程はさだかではないが、これまでのほぼ全てをブリューワで過ごしてきたリズにとっては、コルテンには土地勘がないため、これを信じるしかなかった。
以前ブリューワへ戻る際に使ったルートを使い、ルルドの森へ到達したリズは、ヴィクトールの墓に立ち寄った。大きな岩とそれにかけられた大きめの上着だけでできた簡単な墓であるが、この下にリズの親ともいえる男が眠っているのだ。
リズが自分の決心を死者に打ち明けようと跪いた時、彼女はあらぬ物を見つけて目を見開いた。
「これ…」
弔意を示す菊の花が一輪と、その横には使い込まれたナイフが置いてあった。ナイフの持ち主を知っていたから、リズは声を上げて驚いた。
「ドッジのじゃないか…!」
それは紛れもなく蝶の目の中盗賊、ドッジの物であった。リズは、生前彼にこのナイフを見せてもらったことが多々ある。
「こいつで盗みも料理も狩りもしてきた。言ってみりゃこいつは俺の
戦歴なのかもな」
ドッジは表情変えずに仕事をこなしながら、リズにそう言ったことがあった。だからこのナイフがどれだけ大事なものかは、彼女にとっては家族の秘め事のようにわかる。
ソルが言っていた。ドッジが死んだと。つまるところここにこれを置いたのは恐らく死んだドッジではなくソルで、少なくとも彼は生きてここまで来たということがわかる。辺りのどこにも血痕がないから、重傷を負ってここまでなんとか着いた様では無さそうだが…いったい彼はどこにいったのだろうか?
ソルは謎に包まれている。年齢不相応に立派な性格をしており、筋を通し、腕も頭も冴え渡り、そして優しく思いやりのある好青年である彼だが、いったいどうして蝶の目に入ったのかはわからない。金品に対して殆どの執着がない面は、ドッジやリズとも共通点があるが、それならばいったい何故入団してきたのだろう?
彼はリズに深く関わろうと必死だった。自分のことは二の次にして、リズのことを心配してくれた。リズは、自分が街中で盗みを働くのをソルが見て、惚れて着いてきたのではないかと妙なことを考えたこともあったが、ばかばかしいとその思考をすぐに頭から追い払っていた。
そしてもう1つの謎は、彼が自然に対してあまり知識がないにも関わらず、菊の花が手向けてあることだ。彼は野営の際、ドッジに薬草を取ってこいと言われて、こう聞き返した。
「すまない、俺は草花に関しての知識が薄いんだ」
実は、ソルやポドワンの家が統治するディンヌ家の領地は、オランジュでも山の方である。川、鉱山を股にかけるディンヌ渓谷は、かつてアントワネットと呼ばれる巨大な蜂の異形の巣であったことがあった。これをカティアと協力して開墾したのがポドワンやソルの先祖である。
さらにはソルは王室に出入りすることも非常に多かったため、草花にはあまり関わってこなかった。そうした背景があるのだが、この事実をリズたちが知る由もないわけだが、とにかく野草や花についてはとことん知識がないことだけは、蝶の目周知の事実であった。
よって、ここに供えられた菊の花は、リズに強烈な違和感を与えた。誰かが他に、この墓に訪れたに違いない。いったい、誰がこんな森の奥に…。リズがその菊の花を視界の主役にし、眉をひそめた時、彼女の疑問を晴らす声がした。
「ああ、その花かい。そりゃあわしが供えさせてもらったよ」
リズは声にぎくっとして、振り向くのと立ち上がるのを同時に行った。この動作の俊敏さは、流石盗賊だと言える。
今度視界を独占したのは、杖を突いた白髪の老婆だった。眼光は暖かくも鋭く、あたかも品定めするような目をリズに向けている。杖を突いているとはいえ、意識も足取りも比較的はっきりした様子である。声はしがわれて多少聞き取りにくいがそれでも可聴領域であり、少しも呆けているとは感じさせない。
占い師というか、魔女というかそんな印象を与える長い鼻は垂れて地面の方向を指し、少し意地悪そうにも見える。肌は老木のように、皺が寄っていて色も艶やかとはいえない。
「驚かせたかい、悪いね」
ひぇっひぇっひぇっ…そのような笑い声が森にこだました。ばさばさと鳥の飛び立つ羽ばたき音がその後に続く。どうやら鳥も、この老婆に何か恐怖というか、不気味さを感じたに違いない。アーガイルの子どもがこの老婆に出くわしたら、確実に泣き出して両親のもとへ走るだろう。そう、リズは感じた。
「…一応、礼は言うよ。ここに眠っているのは、似ても似つかないが
あたしの親父みたいなもんでね」
リズは老婆の目を半ば睨むように凝視したまま親指で背後の墓を指差して言った。盗賊は、貰えるものは貰うというポリシーがあるらしく、この時も一応、弔意の花はありがたく受け取るという気持ちを指して少女は言ったのだが、敵意や威嚇の色が声にあったのは事実だ。
鍵練成場でソルが別れ際に言った言葉。
「お前の持っている鍵は、これからコルテンに狙われるだろう!
何処へ行っても、決して油断するなよ!」
これが念頭にあったから、リズは決して隙を見せなかった。
老婆は「ほおお、そうかい」と嬉しそうに微笑した。老木が朝日を浴びたように、表情がほころんでいる。
「弔意ってのは、所謂生きてる者が一方的に死者に伝えるものだからね。
それを必ずしも死者が望むわけじゃない。だから、場合によっては
独り善がりな意味をもたない弔意もあるさ。
じゃが、娘ともいえるお前さんがそう言ってくれるなら、
意味もあるだろうね。わしこそ、礼を言わしとくれ」
老婆はこれまでにも様々なものの死を見届けてきたのだろう。彼女の述懐に近い弔意への倫理は、経験とその老成された精神に彩られていた。
2人の間に、言葉が消える。リズは余裕の無い様子で老婆に相対しているが、反して老婆は常に微笑し、余裕に満ち溢れている。
リズがカードケースに手を伸ばした時、老婆の声がゆっくりと吐息に乗って、森の爽やかな空気に溶け込んだ。
「おやおや、別に取って食ったりなんてしないよ」
老婆はまた笑って、嬉しそうにほとんど残っていない歯を見せた。決して老婆は避けようとか防ごうとかそういった動作の片鱗も見せず、そこに立っていた。
その様子で十分に安心できるとはわかっていても、リズは警戒に余念がなかった。
「どうかな、コルテンの廻しものかもしれないじゃないか」
老婆は「ふむ…」と唸ってから、少女の懐疑を晴らそうと名乗った。
「わしはグリディ…しがない占い師さ。うんと昔は骨董品屋も
やっていたんだがね。最近はこっちが本業さ。
見ての通り歩き回るのがやっとでね。あんたに危害を加えよう、
ったってそりゃあ無理な相談さ」
ここでリズはようやく「そうかい、そりゃあ悪かったね」とコルテン製のカードケースから手を離した。不思議な余裕に包まれたグリディを、リズはどこか知っているような気がしたが、所詮具体的な思い出などなく、「気のせい」で終わってしまった。
「それで婆さん。あんたが声かけてきたのは、花の話だけかい」
少しキツい語調で、腕を組んだリズは問いを投げかけた。勘のいい子だ。いつぞやのあの子も、そうだったかね。グリディはそう思い、また微笑する。
「さすがだ、よくわかったね。
…あんたが面白いものを持っていたから、つい声をかけちまったのさ」
グリディは細く長い木の根のような指で、リズを指差した。
「背中に付けてるその「鍵」…
代々の女王だけが持つ「最初の鍵」じゃないかい?」
またか、リズは怪訝な表情を隠せなかった。マッコイ8世もこのようなことを言っていたが、それならばどうして自分はこれをもっているというのか。もう、おぼろげにしか覚えていない幼少の頃。いつもその回想は、ガディスの街の門から始まり、森に入って、ヴィクトールに拾われて、そうして続いていく。
いったい、自分は門の傍に座り込んでいた以前どこで何をしていたのだろうか?そこに何か、この鍵に関する手がかりがあるのだろうか…?
「そりゃあ、確かなのかい?
なあ、婆さん。本当に、これが最初の鍵に見えるかい?」
リズは切実な思いでグリディに問う。この問いにグリディは「ああ、そうだと思うがね」と静かに答えた。
「最初の鍵の中では、あの子が…初代女王カティアがアーガイル大陸を
走り回って集めた鍵たちがひしめき合っているのさ。
それを、ひしひしと感じるんじゃよ。だから、九分九厘間違いない
じゃろう」
もともと5王国時代、鍵は各国にあった。それをカティアが集め、1つにしたのだという逸話は有名だ。だからこそ、最初の鍵には強力な力があり、コルテン製の鍵とは比べ物にならないほどの力があるのだ。
「どうして、あたしがこれを…」
今まで、ずっと避けてきたことだった。自分の出生の秘密、失われた記憶。それを唯一伺い知れるのは、この鍵だけだ。リズはこの時、初めて知りたいと思ったのだ。この長年連れ添ってきた自分の謎を、はっきりと、明確に。
「何だか、ワケありのようだねぇ…。
…良かったら話を聞こうか?
わしはもう随分長く生きているからね、あんたの話を聞くくらいは
出来るはずさ」
グリディの顔に刻まれた深い皺一つ一つが、その生きてきた年数とその中で見てきた生と死を物語っているようである。彼女の生きてきた年数は、それほどまでに長く気の遠くなるような年月だった。
リズはこの老成された占い師の女性を信じることにした。グリディが親身になってくれているであろうことは、リズが如何に目の前の女性より人生観が欠落していたとしても、汲み取れることであった。
もしかしたらそれは、グリディが老成しているからこそ、リズにも汲み取れたのかもしれないが。
「あたしは、小さいときからこれを持っていた。
だけど、あたしの記憶は肝心なところで途切れちまっていて
なんで持っているのかわからないんだよ」
正直にリズが話すと、グリディはなるほどねえ、と唸って、吐息を吐いた。
「…その「鍵」は確かに最初の鍵だからねえ。
代々の女王だけに伝わるものだから、もしかしたらあんたは
オランジュの王室に関係があるのかもねえ」
「でも、あたしはブリューワ出身なんだよ?どうしてオランジュに関係が
あるのさ」
「そりゃあわからないが、鍵は嘘をつきゃしないよ」
とうとうリズは返答に窮してうつむいた。確かにそうなのだ。彼女の手にする鍵がかのカティアが使ったという最初の鍵なのであれば、リズか、少なくともリズの本当の肉親はオランジュの王室に関係するのかもしれない。
グリディはうつむく彼女に打開策を与えようと口を開いた。
「そうだねえ…1度オランジュに行って、女王に会ってみたらどうだい?」
女王に会う。女王はさぞ鍵を探して怒っているに違いない。なにせ、リズは10数年も鍵を王室から奪っている張本人なのかもしれないのだ…気が重くなって当たり前である。
と、リズが頭を垂れて目を細めた時、耳をつんざくような鳴き声が、周囲から上がった。
「ほお、狙われとったか」
グリディが冷静に呟いて、周囲を見渡した。気が付けば2人は包囲されていた。彼女らを取り巻いたのは、鳥の異形コカトリスであった。
コカトリスの吐息は当たったものを石化することで有名で、あまりに精巧な彫刻は「コカトリスの息に人間が当たったのだ」と比喩されたりもするほどだ。
「婆さん、ちゃんと後ろに居るんだよ」
リズはグリディに言い放ち、カードケースからカードを数枚取り出した。取り出したカードはそれぞれ剽悍な獣テラービースト、岩の大男ストーンゴーレム、大樹の異形トレントマスター、怪鳥テラーレイブンであった。
一斉に周囲のコカトリスがわめきながら包囲されたリズとグリディに襲い掛かる。が、前方から来たそれはすべてストーンゴーレムの大きな拳に阻まれて殴り倒された。彼の体はもともと岩な故、コカトリスの石化吐息をものともしない勢いで立ちはだかったのだ。
リズから見て右側からやってきたコカトリス二匹も、テラービーストに次々と襲われて倒された。彼の素早い動きはコカトリスの嘴でも吐息でも捉えられなかった。
それはリズの左から来たコカトリスもそうであった。テラーレイブンが右から左へ、あやまたず左から右へ飛び去ったと思うと、コカトリスたちは吹っ飛ばされて次々と倒れた。それほどに早い動きから織り成された体当たりは、同じ鳥型異形でありながら陸上系になるコカトリスらには捉えきれなかった。
トレントマスターはリズたちの背後をコカトリスの攻撃から身を呈して守った。彼の放つ波動は石化の吐息を受け付けず、まったくゆるぎなかった。ソアージュ大橋会戦で戦死した、ホルスタイン=クラーク子爵がとった異名にふさわしい実像であった。
あっという間にコカトリスの群れを撃退したリズがカードをしまうのを見て、グリディは感嘆の息を漏らした。
(ほお…カードの扱いにこれほど慣れておるとは。本当にあの子を彷彿とさせるねえ)
カードをしまい終えたリズは、グリディに向き直るとこう言った。
「もうコルテンは、オランジュに攻め込む頃だろうしね。
あたし、手遅れになる前にオランジュに行く。
そして、女王に会う。
色々、聞いてみたいことも、話したいこともあるしね…」
リズの決意に満ちた表情を、老婆は頷いて微笑し、肯定した。
「それがいい。あんたが後悔しないことを、その鍵も願ってるよ」
―いろいろありがとう。
そう言い残してリズが森を後にしようとするのを、老婆は最後に一回だけ制止した。
「おっと、待ちな。最後にひとつだけ言わせてくれないか?
世の中、悪い奴ばっかりじゃない。あんたが信用出来る人間に
会える事を祈っているよ」
―悪い奴ばっかりじゃない。
2人の脳裏に、何人の、そして誰の顔がよぎっただろうか。
リズはこの言葉に微笑して答えた。
「ああ。婆さんも、なかなかいい人だったよ」
「ひひ、そうかい。
…色々大変だと思うけど、頑張りな」
老婆の脳裏には、恐らく赤い衣を纏った初代女王の苦労の数々が再生されていたことだろう。しかし、リズにはまだ、苦悩が始まったばかりなのだ。拾い親を失い、国と、その黒幕を相手に戦うことを決めたこの少女に、運命は多少色々なことを押し付けすぎているかもしれない。
だが、彼女は1人なわけではない。それを、覚えていてほしかったのだ。カティアでさえ、1人ではアーガイルを救うことは、できなかったのだから。
リズは片手を挙げて応じ、老婆のもとを去っていった。
「さて…と。わしは確かに、女王…あんたのもとに姉さんを送ったよ。
たどり着けるかどうかはあの子と同じ…自分でなんとかするさ。
もしたどり着けなきゃ、このあんたたちもこの大陸も、これまで、って
ことさ…」
老婆は少女の背を、いやその背中に輝く鍵を、どちらともいえぬ視線で見つめて独語した。
盟約を継ぐものを見届け、そして盟約が消えた頃から鍵を継ぐ者を見届けてきた彼女は今も、見届けようとしている。決して、自分は手を貸さずとも、人々が厄災を乗り越える様を。
老婆は呟く。
―せいぜい、頑張りな。
つづく
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今日のカード
コカトリス 木属性 レベル★★★★
技名「石化ブレス」 威力14
触れたものを石にする吐息を吐く、鳥の異形。陸を歩いて生きているので飛行能力はあまりなく、素早さは低い。コルテン地方ではコカトリスの肝臓が、滋養強壮に効くといわれる。

" RUNE2 コルテン鍵の秘密 の小説らしきものが書きたい! ルルドの森編" へのコメントを書く