白い魔法使いの 夏                  1話       

前々から書こう、書こう、としていた話です。


こんばんは。いつものバギクロスです。
が、今回はいつもの話ではありません。


以前、ちらりと話したんですが、実はきら高吹奏楽部で色々考えてることがあって、そこに通じるキャラ、話を密かに構想しておりました。


伏線はいくらか既に、本編で張ってます。

それが、「紐緒ドライバー(笑)」にまつわる話とキャラなんですけど、非常にぶっ飛んだ話&キャラになってしまうので、あまりきら高吹奏楽部本編には影響を与えたくないんですが、いずれは少し、直人君たちとも絡めて書きたいと思っています。


まあ、なので、この「白い魔法使いの 夏」は、番外編、スピンオフみたいなものになるんでしょうか。不定期にちょいちょい更新しようと思うんで、きら高吹奏楽部ほど更新することはまずありませんし、あんなに長く話数もとりませんが(苦笑)、間もなく連載3年目になろうという今、ついにスピンオフも始まるっつーことで、たまに見てくださったら幸いです。


今回切るところがなくて急いでますが、それでも書きたいこと全部書けてません(汗

はしょりまくりですが、それでは。




以下本文
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かつて、「きらめき市の悲劇」「きらめき市 吹奏楽部の悲劇」などと関係者の間で囁かれた事件。当事者となってしまった学徒の間では、口にすることすら躊躇われ、「あの出来事」などとぼかして言われることもある。


その出来事の被害者となったのは、ひとつの中学校だけではない。
現在、きらめき高校 吹奏楽部でテナーサックスを吹く男子だけが、その後の高校生活や人生に影響を受けたわけではなかった。


勿論、当時該当する中学に在籍していた吹奏楽部員だけが心に傷を負っただけではすまなかったことなど、容易に想像できる。一度地方大会への代表落ちを起こした学校は、次の年以降這い上がるのに非常に労を要する。実際、その出来事以降、当中学校はしばらく地方大会への出場ができない年が続くことになった。


それだけではない。審査員の点の配分に疑問を抱いた声が挙がれば、勝ち残った学校にも非難の声や嫉視の目が降りかかる。せっかくの努力でもぎとったはずの勝利が、途端に価値の暴落を見せ、それにすべてをささげてきた中学校生活そのものに意味を見出せなくなる者も現れた。ケータイ、パソコンがあればすぐに誰かと繋がれるこのネット社会が、そういう声、目に子ども達を近くしてしまったことも、災いしたのである。



そして「あの出来事」によって吹奏楽部への興味、関心をなくした者が多くなった結果、きらめき高校 吹奏楽部のように、新入部員に恵まれない高等学校も多く出てしまった。特にきらめき市では、その年に有力な中学校が1つとして地方大会へ進出できなかったために、多くの子どもが吹奏楽部に希望を見出せなくなってしまったのだろう、その傾向が顕著だった。


「吹奏楽部」という教育の場であり、精進の場であり、勝負の舞台。そこに傷をつけた「あの出来事」は、四散して大小の刃を多くの少年少女に刻んだ。その結果、ひとつの痛ましい事件が引き起こされ、そしてさらにその数年後、「吹奏楽部」という小さな世界ではくくれないほどの衝撃が、きらめき市に住む人全員を脅かすことになる。


――その大事件を引き起こすための準備を、刻々と着実に進める者、1人。


基本的に治安の良いきらめき市の中でも、だいぶ数が少なくなった、商店街のゲームセンター。そこは雰囲気からもう周囲と違い、市民からは暗黙の内に不良、いわゆるヤンキーとか言われる人の集まりと認識されている。店の外に置かれた原付バイクや、店内から外へ漏れ出すタバコの匂い、なにより赤茶けた髪をしたジャージ姿の若者がよく出入りするところは、十数年前も今もあまり変わらない。


そこに、明らかに異質な存在が入り込む。

彼は白いウインドブレーカーを羽織っているのだが、その下に着ているのは、どうやら高校の制服らしいそれだった。彼がゲームセンターの扉を開けると、色を失ったタバコの副流煙と香りが、無表情の顔、制服にかかった。


一斉に、やってきた彼に目線が集中する。
まずここに制服で入ってくること自体がおかしい。親や先生がうるさいのはわかっているはずなのに、これではわざわざ補導されにくるみたいなものだ。


制服の着こなしも、非常に真面目そうだ。
第一ボタン以外はしっかり留めて、シャツもしっかり入れている。そして何より、ここの常連は、彼の顔を見ても名前などわかりもしなかった。


…誰だ?場違いな奴が入ってきたぞ。


それだけでそういう雰囲気が言葉なしに仲間の間で飛び交う。
しかもさらにその上、この新参者は女連れだった。眼鏡をかけた、頭の良さそうな子。ただその子も、こんな場所に来た割にはてんで無表情のままだ。どう見ても、こういうところに慣れている子には、見えない。


「っしゃいませーっ!」


突然、声がした。声の主は、若い男性。背の高い、白いジャージに金髪と、未成年か成人か微妙な風貌。後者だとしたら、いったいどんな職業に就いているのか見当もつかない風情。彼は業務的な明るい挨拶をしたものの、店員ではない。テリトリーに入り込んだ新手のオモチャを、ちょっとからかいに来たのである。


「なに?お兄さん。
 ゲームしにきたの?」


尋ねられた来訪者。
彼は、その問いには答えないどころか、問いかけてきた金髪で色白の少年の不敵な微笑も見ることなく、連れの女の子に尋ねた。


「こいつか」
「…いいえ。違います」
「そうか」


連れの問いには答えて、さっさと店内に歩き出す、白いウインドブレーカーの男子。

だが、存在ごと無視された金髪は、黙っていない。


「ちょい!ちょいちょいちょい!
 ストーップ!お兄さんストーップ!

 
 …ねぇ、何?シカト?
 ナメてんの?」
「別にナメたつもりはない。
 
 お前にも、ゲームにも、用が無いだけだ」
「は?じゃ何しに来たの?」
「人探し」
「へぇー、人探し?

 …でも、悪いけどここ、会員制なんだよね。
 はい!まず入会金1万!払ってくんない?」


常に人をバカにしたような笑みを浮かべて、白いウインドブレーカーの男子に詰め寄る金髪少年。彼のその言葉と同時に、周囲で騒いだりゲームをしていた仲間たちも、何人か集まってくる。


「…ねえ。早く払ってよ」


このテリトリーでは、自分が圧倒的有利。
そういわんばかりに、金髪の少年が冷たく笑う。そして彼はポケットから何かを取り出した。店の照明に照らされてギラギラとその威力を示すのは、メリケンサックに他ならない。


「1に、払うか。

 2に、お前たちにタコ殴りにされるか。
 
 3に、引き下がるか。


 どれか選べということか」
「そうそう。まあ俺ら的にはぁ、払ってくれた方がいいけどぉ?」
「生憎俺は今持ち合わせが無い。

 2で頼む」
「……は?」


くすくすと笑い声が伝染し、包囲網の中心に居る学生男女2人をより孤立無援にしていく。しかし、ハイエナに囲まれた草食動物にも等しい立場であるにも関わらず、彼らの表情は無色透明だった。何を目にしてもその偉業も表情も一切変わらない、あの音楽室にかけられた偉人たちの絵のようだ。


いや、それよりももっと色が薄い。
ほんとうに人間なのかと疑いたくなるほどのポーカーフェイスだ。この後どんな目に遭うか知れないというのに、その表情を見る限りは、心拍数はいたって平常なのだろうと推察できる。


もしもこの顔が、次の瞬間苦痛に歪み、許してくれと懇願するなら、最高に格好悪いだろう。それも、こんなところまで着いて来る彼女の目の前で、だ。そんなことになったら、今後もずっと語り草にできるぐらいのネタになるに違いない。…ここを縄張りとする青少年たちは、そういうことを笑みの中で考えた。


「待って、マジウケる…!
 ははっ…!


 え、マジでいいの?
 ガチ殴りするよ?」
「ああ」
「あっはっはっは!

 …じゃあマジ殴るわ」


ポケットから出した手、ゲームセンター内を照らす照明で輝く鈍い金色のナックルが、振りかぶられる。不良少年たちの視線が、その決定的瞬間を見逃すまいと、ギラついて集中する。


「ばーーん!!」


いやらしい笑みを浮かべながら振るった利き腕。
同時に「うぇーい!」「おーい!」とはやしたてるような声が周囲から挙がる。マジでやりやがった、あつホントキレてんな、と他人事のようなせせら笑いが波を打つ。


――だが、その熱狂が次の瞬間、悪寒と沈黙に凍った。


まず、妙な音。
メリケンサックをつけた拳が、無表情の来客の頬と衝突した時、異様に重く鈍い音がしたのだ。


生き物が殴られた音ではない。これは、コンクリートの壁を怒りにまかせて殴りつけた時に似た音だ。しかも振りぬいたはずの右腕は、衝突と同時に勢いをなくし、急停止した。そして、第二声をこう続けた。


「硬ってっ…!」

苦痛に顔を歪め、メリケンのついた手をほぐすように振る青年。
…それとは対照的に、相も変わらず無表情のままの、被害者。


彼の顔は、殴られた際、一切動かなかった。
まさに鉄筋の壁のごとく立ちはだかり、拳を受け止めてしまったのだ。


目の前で起こったことが信じられない…そういう沈黙で満たされたゲームセンターで、無機質に仕事をこなすゲーム筐体の音声たちが自らの業務をまっとうしたかと思うと、次の瞬間には急激なスフォルツァンドを人間の声々が演じた。


「えっ……えっ!?」
「な、なっ、なんだよおい!」
「い、いま…えっ!?
 クソ我慢強いってこと…?ぜってー口ん中血まみれだろ…」


戦慄走る吹き溜まり。
その中心で、制服を着た男子は突如、自らの存在を示すように腕を広げ、言い放った。


「面倒だ。全員で来い。

 その方が俺としては手間が省ける」


血を吐くどころか、毒を吐いた。

相変わらず無表情のままで視線の矢だけを散射する制服の少年に、慄き恐れながらも、数人の不良が突っかかっていった。


「お、オラアアアアアアアッ!!」
「くらえクソがぁあああ!!」


メリケンサックだけではなく、今度はカッターナイフも見えている。
だがやはり、手を広げた制服の男は、表情ひとつ変えずにそれを甘んじて受ける。


だが、やはりといっていいか、カッターの刃は半ばから折れ、メリケンサックもやはり、彼の顔をわずかでも仰け反らせることはできなかった。


明らかに異質。
何か特殊メイクでもしているのかと、受け止められた不良たちが考えうる可能性を思案するも、答えには至らない。


しかも、圧倒的防御力だけではない。
無表情のまま、殴りかかってきた一人の胸倉を掴むと、そのまま片手で持ち上げた。足が浮くどころか、まるで高所の本棚に本を戻すかのように、軽々とかなりの高度まで上がってしまった。


そして、乱暴に手を放された時、メリケンをつけて襲った少年は、5m近く吹き飛んだ。車にはねられたかのような飛び方だった。投げられた少年は悶絶し、咳込みながら「……ぁ…ぉ」と胸を押さえて苦しみの声を漏らした。


これはもうおかしい。

いくら鍛えられた人間でも、ここまでの腕力を持つ者は、リングの上で戦う人たちぐらいだろう。いや、如何にそんな人たちでも、メリケンサックやカッターナイフのような凶器を受けて痛くないはずがない。では、これは何だ?非日常的な光景に、生命の危険さえ感じた不良たちの一部は、ゲームセンターから犬みたいに逃げ出した。


その間にも、第二波として襲い掛かった不良の1人が、また胸倉を掴まれて持ち上げられている。先ほどとは違って左腕で行われた処刑だったが、どちらが利き腕かうかがい知ることができないほど、リプレイを観るような腕力だった。


「……部長」

恐怖に騒ぐ声の中、低めの暗い女の子の声がした。
タブレットPCを手にし、眼鏡をかけた彼女は、人外めいた少年をそう呼んだらしい。


「…彼です」
「そうか。こいつか」


抑揚の無いメゾフォルテの男声。
特に感慨もなく、持ち上げたままで彼は問うた。


「長崎 浩大。
 それがお前の名前だな」
「なっ…ぐっ…なんで、名前知ってっ…」
「元サッカー部。

 一度は地方大会ベスト4の部に所属しながら、
 先輩のレギュラーの座を奪ったために、
 悪質なラフプレイを部内練習中で受け、
 以降怪我の治療のため部を辞めた」
「…お、おまえ、な、なに?
 な、なんでそんなことまでっ…」


持ち上げられた茶髪の少年は、最初こそもがいていたものの、名前と経歴を言い当てられたことで動揺し、もがくの半分、答えるの半分で、相手の意図を伺い出した。


「興味があったから調べさせてもらった。

 
 単刀直入に聞く。


 こんなところで無駄な時間を使うより
 俺の夢を手伝う気はないか」
「は、は?」
「夢を失い絶望したお前に、
 俺と同じ夢を見せてやろうと言ってる。


 ただし、これは「悪夢」だがな」


自分を持ち上げたまま目を見据えてくる、怪物。
まるでカメラに見られているような感覚が、元蹴球少年を襲う。


どこか遠くを見ているような目。無機質で無感情な目、そして表情。この男がいったい何を考えているのか当てられる人間は、サイコメトラー以外存在しないだろう。


そんな人間を信じていいものか…?
迷う。だが不思議と、この男が嘘やハッタリを言っているような感じがしないのも確かだ。


しかし決断の時はつり天井みたく迫ってくる。
ノドがどんどんしまっていって、声を出すための空気を放出する幅が、なくなってきているのが、なにより長崎自身、よくわかる。すなわち、この男に絞め殺されるまでの時間ともいっていい。


「な…なんなんだよ、そのっ、
 悪夢っていうのは…っ…げほっ、ごほっ…」
「質問しているのは俺だ。

 答えなければこのままお前は息が上がって
 死ぬだけだ」
「お、おれがひつようなんだろ、
 いいのかよ、死んで…」


その言葉が吐き出された2秒後、長崎と呼ばれた少年も、先んじて投げられた少年のように床へと投げ捨てられた。あまりの力の強さに、何度も床に打ち付けられながら静止し、折れた歯から血を流しながら咳き込む彼を見て、加害者である怪物は、何の感慨も見受けられない表情のまま、機械音声のように抑揚のない声で言った。


「勘違いするな。
 代わりはいくらでも居る。
 お前は特別でも何でもない。


 行くぞ」
「…はい、部長」


さっさときびすを返し、歩き出す男女一組。
このゲームセンターを去っていくその背に、逃げ遅れた者は安堵するばかり。だがそこへ、ただ1人「待ってくれ!」と声を挙げる者が居た。


その声に応じ、振り向かずに停止する、制服を着た怪物。


「な、なんなんだ…!

 お前、なんなんだ!
 夢って…おっ…ごほっ……。


 そ、その、魔法使いみたいな力で、何しようとしてんだよ!!」


咳き込み、どうにかその言葉を吐き出したのは、長崎と呼ばれた少年。
その声に、怪物は応じた。


「きらめき市に住む人間。


 その全員に等しく夢を見せる」


背を向けたまま、挙げた右腕からサムズダウンを繰り出し、そう言ってのけた彼は、最後にこう付け加え、ゲームセンターを後にした。


「気が変わったら来い。
 来る者は拒まない。
 

 どうせ、どちらにせよ誰もが同じ夢を見ることになるさ」


床に突っ伏したまま、ゲーム機どもが奏でるBGMの上に己の野望を意味不明な言葉で詠った男を、長崎はただただ見ることしかできなかった。あの超能力者?のような男が見せようとする夢とはなんなのか、まずあれは人間なのか、何もわからない。

 
残されたのは、異様な不安。
このまま毎日をここで浪費していようが、いつかあの男が成す異業に飲み込まれ、夢を無理やり見せられてしまう気がして、世界滅亡を待つような気持ちが胸を焼く。


だが、今は動けなかった。
全身を打ったせいか、足も腕も臓腑も痛い。不安だけが精神を犯し、まるで毒に蝕まれているような着心地になるばかり。



不良たちの笑い声が消えたゲームセンターの外では、きらめき市でも有数の吹き溜まりを今しがためちゃくちゃにした男が、すまし顔で舌打ちをする。


「見当違いだったな」
「……17時24分です」
「ドクターに会う時間か」
「…何の準備もなくお会いになるのですか」
「心配はいらん。
 ドクターは俺に「借り」がある。

 
 悪いようにはしない。
 だいたい俺は、ドクターの「最高傑作」らしいからな」


苦笑すらもなく無表情のまま皮肉を言うと、原付用のヘルメットを連れの子に渡す。彼女もまた、礼を言ってそれを着用し、もうひとつ同じものを彼自身も着けると、ゲームセンター前に留めていたひとつに跨った。


――ドクターに会うのも久しぶりだ。あの女が俺を呼ぶということは、まあ、用件はだいたい察しがつく。


そう思いつつも、彼はそれを好都合と考えていた。
どうせろくでもない用件で呼ばれるのだろうが、その方が、ろくでもなければろくでもないほど彼にとっては良かった。


走り出すと、前ボタンをひとつとして留めていないウインドブレーカーが風になびく。



――思い出される。あの女に初めて声をかけられた日。そしてそれからの日々。


“ドクター”に会うため、他校であるきらめき高校へと向かうその道中。彼は風の中で思い出した。自分を変えた夏のことを。そして、今見ている悪夢の発端を。




















 
 















朝練を終えて、いつものクラスにやってきた。

朝から運動部が下ネタ混じりに冗談を言いながらクラスを駆け回り、女子が恋の話…いわゆる恋バナや受験のことについてぺちゃくちゃと話している。


受験前にしては、うるさいクラス。
でも、俺はこのクラスが好きだった。


居心地が良い。一見バラバラでグループだらけのこのクラスも、クラス対抗の運動会や合唱では一致団結して頑張ってきた。なんだかこいつらを見ていると、人ってわかりあえるのかなって思えるから不思議だ。


俺は、このクラスじゃ割と目立つ方。合唱コンクールの時は前に出て指揮もしたし、学級委員もやってる。普段、それ以外じゃ勉強も運動も割と上位に居るせいか、行事とか勉強のときはよく頼られる。


それに、部活でも部長をやってる。
だから推薦入試は多分、余裕で校内審査を通過するとは思う。


「おーい、みんな席に着けー」

ベテランの国語の先生が、俺達の担任。先生はちょっと苦労して、やんちゃなこのクラスを黙らせると、最初のトピックを喋り始めた。


「羽村!
 部活のソロコンテストで最優秀賞だったそうじゃないか!」


俺の名前が呼ばれた。少し照れくさかったけど返事をしたら、クラスのどこからか俺をはやしたてる声がした。


「ひゅーひゅー、やるねぇ葵ちゃん」
「さすがぁ!」


さすがって…俺の何を知ってるんだか。


羽村 葵。


それが俺の名前。付き合ってる彼女から「葵ちゃん」なんて呼ばれるせいか、男子連中からは羨ましい声半分、冷やかし半分でそういわれたりすることもある。結構可愛いし、中学生にしては珍しく2年以上も付き合ってるから、校内じゃちょっと有名なカップルだったりする。


勉強はそこそこできる。500点中450近いアベレージをたたき出すこともあって、親父のDNAに感謝してる。親父は頭良いけど運動神経悪い色白の中年だからな。まあ、セコい話だけど、実は俺、運動もそこそこできたりする。5段階中の4~5をうろうろ、ってとこ。こっちは、体育大学出た母さんのDNAかな。


そのお陰で今の成績も悪く無い。
今は、順当に近所で偏差値も高い大門高校でも狙うかなって、思ってるとこ。


部も割かし強い吹奏楽部だし、彼女も居て…俺の人生、結構ツイてる方なのかなって思ってる。


ただ…うちの吹部も去年にはいろいろあった。

夏の吹コンの直前に、ある先輩が部費を盗んだとかなんとかで大騒ぎになって、えらいことになった事件があって…。
結局、その盗ったトロンボーンの先輩は罪悪感からか「自分がやりました」と自白した。お金も戻ってきてコンクールには出られた。


でも、その責任を取るような感じでボーンの先輩は居なくなって、その人は中3だったのにコンクールにも出なかった。いつの間にか学校にも来なくなったし…今はどうしているのかもよくわからない。明るくて優しい、けっこう美人系の先輩だったけど、今頃どうしてるんだろうな…。


…あの事件以来、部がぎくしゃくしたこともあった。
変な噂もあって、「本当はその先輩が盗ったんじゃない」とか言う奴もいたせいか、疑心暗鬼になってる部員も多かったみたいだ。


けど、代替わりして、アンコンで俺たちサックス4重奏が「グリムの古城」を吹いて金賞も取ったし、クラ8も「ブエノスアイレスの春」で金賞を取った。多分、流れは良くなってきてるはずだ。


そのときの功績もあってか、俺は新しい代の部長に選ばれた。
今は6月。今まで練習もきつかったしいろいろ大変だったけど、この調子でやってけばきっと、伝統を崩さずに地方大会まで進めると思う。



もう部活が終わるまでは、受験が何だとか、あんまり考えたくない。
部長として引っ張ってきたこの部活…しっかり最後までやり遂げたい。


…そんな考えがあるせいか、授業もあんまり頭に入ってこない。
まあ、ノートだけは取るし、塾も行ってるから問題ないとは思うけど。


1~6時間目まで受験対策とか教科書を線路沿いに進めるだけの授業とかをやり過ごして、放課後。掃除を終えたらやっと部活ができる。


クラスメイトたちと中庭を熊手で掃いて、片付けを終えてからかばんを手にする。


そうして3階の音楽室まで行こうとした時、俺を呼ぶ声が聞こえた。


「…部長」


女子の割にはちょっと低い、かわいげの無い声。
声に反応してクラスの後方側入り口を見ると、教室の外から他人行儀に会釈してくるメガネの女の子が見えた。


「…こんにちは」
「あ、うん、こんにちは」


相手は同級生。
なのに、この人はいつも生真面目に、敬語で俺に接してくる。…相手が俺だから、っていうか男子だからかな。女子同士では普通に話してるとこ見たことあるし…。


「…今日の日程ですが――」


この人が毎日こうして俺に部活の日程を話しにくるのは、この人が副部長だから。


彼女の名前は、塔内 未優。
いつも部活の練習メニューとか編成とかをびっしり書いたノートを手に持ってて、文字通り、吹奏楽部の頭脳になってくれてる、同級生。


成績も良くて、こういう人が副部長をやってるだけでも、「吹奏楽部は文武両道で本当に素晴らしい」とか先生方から良い評価がもらえるわけで、すごく助かってる。まあ、そういう俺も、この子と同じ高校に行くことになるだろうけど。


「16時半まで基礎。
 17時から30分間、基礎合奏。
 その際は――」
「セクションごとに重ねていくチューニングで、
 ブレンドの練習もする…だろ。
 わかってるわかってる。


 打楽器もその間、準備室で別の基礎を
 やってもらえばOk、だよね」
「…はい。


 それ以後は合奏になりますので」
「わかった。ありがとう。

 
 じゃあ、音楽室まで行こっか」
「……え。
 あ、はい」


なんか微妙な反応。表情が乏しいのはいつものことだけど、もしかしてカノジョのこと気にしてるのかな。

別にそんなの気にしないって、あいつなら。


「なんか誰かと待ち合わせしてた?」
「……いえ」
「そう。なら、よかった。


 じゃ、いこう。
 さっさと楽器出してリード選ばないとな」


廊下に出ると、もう早々と家に帰る感じの同級生も、何人かいた。


もうこの時期、早い運動部はもう「最後の勝負」を終えて、引退してる奴もいる。まあそういう人は、ある意味次の勝負…受験に向けて早い段階から本腰を入れられるから、それはそれでいいっていう人も居る。


けど俺は違う。
今の俺にとって、本腰を入れたいことなんて、吹奏楽コンクール以外、無いって言っていい。


こないだのソロコン…あれは痛かった。
あれが無かったら、もっと課題曲や自由曲に時間を使えた。けど、両親が「内申点になるから、やっておいた方がいい」って言うし、先生も乗り気だったから、やるしかなかった…。



…こっからは本当、絶対勝ちにいく。
きら中のサックスも相当上手かったし、夏のコンクールで最優秀獲るのはかなり難しい。


でも…一回しかない勝負、一回しかない今のメンバー、どっちも俺にとっては死ぬほど大事だ。だから…今年も地方大会行って、伝統、繋いでいきたい…。


「あのさ、塔内さん」
「…なんでしょうか」
「塔内さんは、高校いったら、
 部活、するの?」
「……」


ふと、廊下を歩きながら尋ねてみた。
もし高校が同じなら、また塔内さんと今みたいに、部活の日程を決めたりする日が、来るかもしれない。そう思って、なんとなく。


塔内さんは、黙ったまま。
聞こえなかったのか、無視されてるのか、どっちか迷うぐらい時間が経った頃、やっと彼女が口を開いた。


「…部長は、されないんですか?」
「え?俺?

 うーん、迷ってて…。


 正直、この夏本気でやりきったら、
 なんか…高校でもう一回同じことする
 情熱続くかなって、不安はあるんだよね」
「……そうですか」
「え、そうですかって。

 結局塔内さんはどうなの。
 やらないの?」
「……。

 わかりません」
「その時になってみないと?
 って奴?」
「…はい」
「そう…」


めちゃくちゃ妥当でリアルな答え。

この子、部活以外で男子と話してるとこ見たことないけど…確かに変わってるよな。肩にかからない程度の髪は結構綺麗目だし、肌も意外と白くてニキビとかもちゃんと治してる感じはあるけど…好きな人とかは一応居るってことかもしれないな。



…と、盛り上がらない会話をしながら渡り廊下に出た。
その時、理科棟から髪の長い女の子が歩いてくるのが見えた。


よく生徒指導に色々言われてる子だ。
髪が長い、せっかく科学の才能があるのにもったいないぞ、って。


話したことはない。でも名前ぐらいはよく知ってる。
それぐらい、表彰式の常連で、よく吹奏楽部の部長である俺も、隣に立ったりはするから。


…距離が近付く。その子の手に、何か変な装置が握られてるのが見えた。なんだ…あれ?



と、足が止まる。止まったのは俺や塔内さんの足じゃない。まるで牛若丸の行く手を弁慶が立ちはだかって塞ぐみたいに、数歩前で、前から来た子が止まった。


「…ちょっと、いいかしら」


塔内さんに負けず劣らずの、女の子にしては落ち着いた声。
俺たちも足を止めて、いったいどっちに話しているのか、伺おうとした。


でも、片目が隠れるぐらい前髪を伸ばしているその子の目は、どう見ても俺の目を見ている。話したことなんて、無かったはずだけど。


「え、俺…?」
「ええ。

 あなた、羽村 葵 君、でしょう」
「そうだけど…。

 確か、紐緒さん、だよね」
「ええ。まあ…当然ね、話したことはなくとも、
 私の名前を皆が覚えていることぐらい。


 ゆくゆくは、私がこの世を支配することになるんだから」
 
 
何か…そういうマンガを見てて、影響されてるのかなぁ。
まあ俺たち、そういう歳だし、中2病って奴にかかってる人が同級生に居ても、おかしくはないけど…。



「…部長。行きましょう」


塔内さんも、ノーコメントで目の前の女の子を無視しよう、と暗に言ってくる。俺もそうしたのはやまやま、だけど表彰式の常連、紐緒 結奈さんは、俺たちを通してはくれなかった。



「待ちなさい。
 この私の許可無く進もうなんて
 身の程知らずね。


 …フフ。でも安心しなさい。
 この「ドライバー」は、まだ完成していないわ」 


不敵に笑って、手にした装置を俺たちに見せる紐緒さん。


「…な、何それ…」


大きさは、ちょうど俺のかばんに入ってる弁当箱ぐらいのもの。

ただ真四角ってわけじゃなく、妙な形。ベルトのバックルというか、そういうものに見えなくもない。ちょっと大きすぎるが。


バックルだとすると、あの模様はなんだ。
手…?

手をパーにして、指をそろえて、親指だけ離したみたいな状態に見える。全体的に黒い、その「手」を模したマークの輪郭は、まがまがしさを感じる赤の線で、その手先には鋭い爪が描かれている。


それを見た時、直感的に俺は思った。

――あの手のマークに、使用者の手を重ねるのか、と。


「今は未完成。
 けれどいつかは、私の最強の兵士を
 作り出す究極兵器となるわ。


 …そして、今このドライバーの被験者を
 探しているのよ。


 …フフ、それには、あなたのような者が
 最適格なのよ、羽村 葵 君」
「な、なんで、俺が…?」
「運動神経抜群、成績優秀、
 そして部活において集中力も養っている。


 …ドライバーの能力をすべて引き出すには、
 もってこいの人物よ。


 私の夢を手伝いなさい、羽村君。
 悪い席は用意しないわ」
「……。
 わ、悪いけど、俺、急いでるから。

 いこう、塔内さん」
「…なっ、待ちなさい」


小走りで紐緒さんの横を通り過ぎて、音楽室への道を再び歩き出す俺たち。…そんなわけのわからない話に付き合ってる場合じゃない、世界を支配?…そんなのマンガやアニメじゃあるまいし、ありえない…。


それよりも、俺には、もっと現実味を帯びた夢がある。
必ず…吹奏楽コンクールで、勝つ!今はそれ以外の夢を、見てる余裕なんて、ない。



多分、つづく



  






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